六甲山と瀬織津姫 114 アメノヒボコ

青谷上寺地遺跡(鳥取市)と御領遺跡(福山市神辺町)。
ふたつの遺跡からは弥生時代の船の線刻画が出土している。
その共通点は、準構造船に描かれた「旗」ではないだろうか。
学説があるわけではないが、青谷上寺地遺跡展示館で、
↓ 船団の線刻画を目にしたとき、中央の船の船尾に立っている
のは「旗を立てる柱なのでは?」と、胸が騒いだものだった。
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いっぽう、御領遺跡の線刻画にも旗とおぼしきものが
描かれていた。この地域は、古代にはまだ瀬戸内海沿いで、
ゆえに交易港であり、そのため奈良時代には国府も置かれた。
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'14年末に、御領遺跡から弥生土器の壺に描かれた線刻画が
発見されたとき、「国内最古の屋形船」と大きく報道された
が、残念ながら描かれた「旗」が注目されることはなかった。
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話は戻って、青谷上寺地遺跡展示館。
青谷出土のものと似た線刻画として、御領遺跡(写真右)の
他に、袴狭遣跡(はかざいせき、兵庫県出石郡)も挙げられて
いるのを見たときも、「旗」を思わずにいられなかった。
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↓こちら、袴狭遺跡から出土した木片の線刻画アッブ。
ひょうごの遺跡』サイトから拝借。但馬地方の中央を日本海
に向かって流れる円山川の支流・袴狭川の流域にある
その遺跡理線刻画木片には、大小16の船が描かれていた。
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ところで、袴狭遣跡は、出石神社に至近という立地から、
これまで、その祭神・天日槍命との関係を示唆されてきた。

垂仁天皇の時代に新羅から渡来した王子として記紀に登場、
また、神功皇后の数代前の祖先と言われる天日槍命。
その一族の渡来の様子を船団の線刻画は描いているのでは…と。

天日槍命が持参して、出石神社の祭神・出石八前大神
と言われるのが、『八種の神宝(やくさのかんだから)』だ。
その内容は、珠二貫(玉を緒に貫いたもの)2本、
領布(ヒレ)4本、鏡2枚、合わせて八種ということだが、
4枚のヒレとは、海神に航海安全を祈る祭具としての「旗」?

ヒレには名前が付いている。
「浪振るヒレ」「浪切るヒレ」「風振るヒレ」「風切るヒレ」。
これが線刻画の船に描かれた「旗」だったのではないか…。



一昨日、梅雨明けの那覇空港に降り立ったので、
アメノヒボコの神宝について、語り部の意見を聞いてみよう。
ヒボコの五代孫に神功皇后がいるが、亦名は、息長垂姫命。
その名にある「垂(たらし)」は、垂れる頒布の意味なのかも。
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# by utoutou | 2017-06-24 13:12 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)