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六甲山と瀬織津姫 89 ブラタモリ神戸

日本の三大神滝「布引の滝」(神戸市中央区)が
ある砂山(いさごやま)は、生田神社の元宮だった。

延暦18(799)年、洪水で布引の渓流が氾濫して
砂山の西端が崩壊寸前となり、社殿も被害に遭ったので、
1.5㎞南の現在地に遷移したというのが、生田神社の歴史。

その布引の滝へ、2月19日、先週の日曜日に登った。
登ると言っても、新幹線・新神戸駅の裏手へと廻り、
砂子橋を渡って15分進むと着いた。その距離0.4㎞。
ただし、山道は急坂、かなりの急階段。
新神戸駅は六甲山をえぐるようにして造られたらしい。

朝9時半、駅前のあちらこちらで、
トレッキング姿のグループが集合している。
出張ついでにちょっと寄ってみた普通の格好の自分は
相当に浮いていると思いきや、登山道には意外にも、
コート姿の旅行客や、カップルや家族連れもいたりする。
布引の滝から上へは登らない、「滝見」する人々だ。

あるいは、前夜放送された
NHK『ブラタモリ神戸編(前編)』効果かしらん。
テーマは「神戸はなぜ1300年も良港なのか」、
その条件のひとつは「神戸の水」にあるという。

耳にしたカップルの会話からもブラタモリ効果が分かる
「布引の水は無機質なので、赤道直下でも腐らないから、
昔から外国船の船乗りが喜んだんだって」と、男子。


追い越しざま、そうそうそこ私も見ました…と
呟いていると、間もなく雌滝(めんだき)に着いた。
新幹線の駅裏でこんな絶景に出会うとは。同時にここは、
神戸市の生活水源。写真右手で古い取水施設も見学できる。
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ちなみに、
「日本三大神滝」とは、布引の滝・那智の滝・華厳の滝
そして、布引の滝は4つの滝から成っている。
上から、雄滝(おんたき)、夫婦滝、鼓滝、雌滝だ。


鼓滝の近くで、驚くばかりに青い清流を見た。
『ブラタモリ』でも「ブルーの水」と紹介されたように、
不純物がほとんどなく透明度が高いことが、一目瞭然。
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雌滝や鼓滝から5分も登ると、雄滝に着いた。
白い岩肌を、止まることなく原始の水が流れ落ちる。
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下が夫婦滝。水量の多いときは二手に分かれるらしい。
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さて、少し前に『稚日女命の謎』で書いたが、
生田神社の祭神は、稚日女命(尊)である。古代に
「伽耶」から渡来した人々の崇めた女神と思われる。


ならば、ここ布引の滝にも稚日女命を祀った痕跡がある
かと周辺を見回すと、滝と同じ崖面に祠が並んでいた。
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祠に近づくと、中には、不動明王が祀られている。
神仏混合の時代、海人族の崇めた瀬織津姫が消し去られよう
としたとき、真言密教では不動明王に置き換え守ったという。
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この滝に、いつから不動明王は祀られているのか。
調べると役行者と布引のたき」という伝説があった。


いっぽう、
その修験道の開祖・役小角(飛鳥〜奈良時代)は
六甲山で弁財天(瀬織津姫)を感得したことから、奈良
洞川に住む近縁者・四鬼氏を六甲山西部の唐櫃に移住
させたと伝えられる。その四鬼氏によって修験霊場として
六甲山、六甲比女神社を含む一帯の聖地は守られた。

『ブラタモリ』では「神戸の水」が良港である理由と
言ったが、古来その水源地で人々は水の女神を秘祭した

三韓遠征の帰途の神功皇后に、稚日女命が影向して、
「私は活田長狭国に居りたい」と宣ったという生田神社
の由緒は、この白く美しい瀑布に発していたか。
布引きの滝は、瀬を織る姫の滝…。

# by utoutou | 2017-02-23 09:15 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)