久高島に昇る朝日

沖縄県南城市にある久高島。知念岬の東方5.3kmに浮かぶ珊瑚礁の島。
琉球王朝時代よりの至聖地である斎場御嶽(せいふぁーうたき)からは、島影を望みつつ遥拝できる。
安座真港から船で20分で着く「離島」である。周囲約8㎞、標高の最高は17m。
細長く平たい島で、夏至の日の出の方向、東北東に伸びている。
古に王城の地であった浦添と首里からも、太陽が昇る東に位置する。



琉球の始祖アマミキヨによる国づくり神話を伝え「神の島」として知られ、
年に30回近くあった祭祀が、ついこの数年前まで続いていた。

先史時代やグスク時代の遺跡も数多く点在。一説には日本の神々の原郷であると。
地層に古代を幾重にも秘めたまま、その全貌は未だ明らかでないという、まことに謎めいた島だ。

a0300530_83489.jpg今から1ヶ月前の6月24日、久高島で夏至の3日後の朝日を見た。

とうに50回は通ったこの島で、いつも伊敷浜に出て日の出を待つ。
琉球国王が聞得大君を伴い行幸した聖なる浜。
ニライカナイからの来訪神が寄り着くこの海で。

ところが、日の出時刻が5:38だったこの日、うっかり寝過ごして、伊敷浜に着く前に夜が明けた。

それがむしろ幸運だったかもしれない。
東北東、島の先端に位置するカベール岬の方向から、朝日が昇る瞬間に遭遇した。

「神の島」を貫いて光る夏至の朝日。1年のうち最大の太陽。とてつもなく眩しく力強い。
対岸の本島、南城市玉城にある玉城城(たまぐすくぐすく)の一の郭は、この朝日を射通す設計になっている。
レイライン。太陽の道。太陽信仰の痕跡である。


「イシキ浜」の看板で右に曲がり、防風林の小径を駆け下りて、砂浜で海に向って立った。
ここでは太陽は左端に照り輝いていた。
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いっぽう、冬至の朝日はというと、下の写真のように伊敷浜の真正面から昇る。
※2009年撮影。単行本『おきなわルーツ紀行 聖書でひも解く沖縄の風習』
(小林ゆうこ、与儀喜美江共著、2010年、球陽出版)のカバー写真になった。

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夏至の季節と違って、金色の輝きは優しいエネルギーが満々。
太陽が最小になる冬至を、世界各地の古代人は「太陽の誕生日」として祝った。
沖縄には今も「トゥンジジューシー」(冬至の炊き込み御飯)を、神壇に備える風習がある。

私が育った北海道では「冬至かぼちゃ」と呼ぶ、かぼちゃ入りぜんざいを食べる風習がある。
極寒の冬に向う支度だが、幼い頃はなんだか晴れがましい気持ちで食べたものだ。

久高島の二至に昇る朝日は、太陽の神性を存分に気づかせてくれた。
というより、思い出させてくれたというべきか。
by utoutou | 2013-07-25 21:31 | 久高島 | Trackback | Comments(0)
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