琉球稲作の祖・アマスのアマミツ

戦前に廃絶した謎の旧家・アマス(天祖)家。※注 アマスは屋号
久高島の祖・ファガナシーとシラタル夫婦に深くかかわる、ミントン家の門中である。
アマス本家の屋敷はかつてミントングスクに隣接し、またその次男家も玉城にあった。
(琉球ゴルフ倶楽部内に今もあるアマス次男家・屋敷跡の写真はこちら


ミントングスク内にある「久高島のオトーシ」(遥拝所)から、久高島方面を望む。
右がアマミキヨの墓。正面の石階段を降りた右側に、アマスの屋敷があったという。
ミントン門中の家々は、古来、ミントングスク一帯に居を構えた。
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さて、先日書いた久高島からの里帰り参詣「玉城参り」。
一行は、アマスのアマミツのお墓にも参った。アマミツは「琉球の稲作の祖」。
お墓は御先三穂田(うさちみーふーだ)からごく近い崖の上にある。
その位置関係から見ても、アマスの系譜は御先(上古代)まで遡ると考えるのが自然だ。
語り部は言う。
「アマスのアマミツのお墓には祖先、つまり御先天孫氏がお入りになっていて、
代々のイリク(※新旧が入り交じったお墓)の状態にあったと聞いています」


アマミツの名は旧正月の初午の日に行う「親田御願(うぇーだのうがん)」にも残る。
田植えの後に吟じる『天親田(あまうぇーだ)のクェーナ(神歌)』で、村人たちが
繰り返し歌う囃子のフレーズは「阿摩美津(あまみつ)が始みぬ えー天親田よー」。

アマスが稲作の祖「米之子」であることは『琉球国由来記』にも見えている。
また受水走水で「親田御願」を終えた人々が報告をする先は、アマスだった。
毎年、その翌日から、琉球の国中で田植えが始まったという。

'10年2月、午の日に行われた田植えの神事「親田御願」。数十人のウォッチャーがいた。
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ファガナシーとシラタルが太陽の昇る久高島に渡ったのは、豊穣を祈るためだったと思う。
また、久高島の神人一行が、アマスに魚と麦飯の土産を贈ったのも祖先崇拝のかたちだった。

受水走水の走水。今も川泉から水が湧き、拝みのための香炉が置かれている。
この受水走水で、琉球王朝の王たちは聞得大君から「御水御撫」(うびなび)を受け、
聖水の霊力を身につけたという。また初穂とシドチ(米粉餅)を食して豊穣を予祝いした。
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by utoutou | 2014-01-13 16:52 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
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