甦る古代琉球〈1〉ナーワンダーに日は落ちて

4月の沖縄旅。連休前にひとっ飛びして、
斎場御嶽の禁足地である奥の宮・ナーワンダーグスクに参る計画だった。
ところが連日雨風に祟られ、同行をお願いしていた地元の翁からは、
「ハブが出るから危険だと老人会で案内を反対された。ゴメンネ」との連絡。

「そうですか…」と肩を落としたが、聖地探索ばかりは無理が通らない。
本島の東方(あがりかた)に立つ男女一対の巨岩・ナデルワ(祖霊神の大霊力)。
祭祀場としても斎場御嶽より古い、一説には「農耕時代以前の風葬墓」である。

まあ仕方がない、ひとりで入れる森ではない。晴れた3日目、
ともかく斎場御嶽へ向かい、久手堅(くでけん)の浜に下りる。
斎場御嶽とナーワンダーの聖域は、南城市知念久手堅に属する。

稜線は知念岬公園、そして知念体育館。その横が斎場御嶽の第二駐車場。
混雑する日はここに車を止め、10分以上歩いて御門口(うじょーぐち)へ。
斎場御嶽頂上のナーワンダー(立ち入り禁止だが)まで、延々と坂が続く地形。     
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斎場御嶽の東端に位置する三庫理(さんぐーい)の大岩前、
聖水したたるという鐘乳石から、まっすぐ先に、ナーワンダーがそびえる。
現在は樹が繁って見えないが、大庫理(うふぐーい)と寄満(ゆいんち)の先に。
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同じ三庫理の前から、こうしてナーワンダーが見通せた時代があった。
(1959年の写真。伊従勉氏著『琉球祭祀空間の研究』中央公論美術出版刊より拝借)
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次は再び坂道を歩き西の寄満へ。途中右に太平洋戦争時にできた砲弾池が。
イキガ(男)ナーワンダーに見張り台を置いた日本軍に向け、海から発した
米軍の砲弾が誤って落ちたものと聞いた。聖なる巨岩は標的だったのか。
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御嶽内をゆっくり回って夕方5時半、御門口(うじょーぐち)に戻る。
東の海に浮かぶ久高島を眺め、振り返ると西に落ちかけた夕陽が眩しい。

あ…と、そのとき気がついた。
もしや日の落ちる方向にも、ナーワンダーを遠望し信仰する古代集落があった?
知念、佐敷、玉城、そして大里。歴史ある東四間切り(あがりゆまじり)の一角。        

「ミントングスク、ナーワンダーグスク、そして大里は繫がっています」
語り部の宮里聡さんから、私はそんな謎の助言を受けていた。
「ミントングスクと似た神紋を、大里の根屋でも見た」とも。
明日は古代琉球の地(かもしれない)大里を訪ね、神紋を探すことになるらしい。    
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by utoutou | 2014-05-01 19:21 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
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