甦る古代琉球〈3〉源為朝が娶った大里按司の妹

アマミキヨの神紋ととてもよく似ている扁額を掲げる大里西原の
ガジマル家が、琉球発祥の地・玉城のミントン家に匹敵するほど
古い時代からの根屋(宗家)ならば…。ようやく解ける謎がある。

琉球王府の史書『中山世鑑』に登場する「源為朝伝説」。
流刑の地・伊豆大島を逃れて琉球に漂着した為朝が娶ったのは、
他でもない豪族「大里按司(あじ)の妹」。この妻が、後に琉球初代の王
となる舜天を産むという物語だが、それがなぜ唐突に「大里」の娘なのか。
私には、どうも腑に落ちなかった。

大里城は14世紀の築城と言われる。
同じ大里の娘が1187年に舜天を産んだのでは、時代の辻褄が合わない。
が、この地に琉球で一、二を争う古い歴史があり、築城されるはるか以前
から権勢を誇る代々の按司がいたのなら、伝説は俄然リアリティーを帯びる。


こちら歌舞伎『通し狂言 椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』のポスター。
2年前の「五月歌舞伎」(新橋演舞場)で上演された。原作はあの滝沢馬琴。
源為朝に扮したのは市川染五郎。父・松本幸四郎が、
30数年前に三島由紀夫演出で演じた大役に挑戦すると話題になった。
白縫姫と寧王女(ねいわんにょ)の二役に扮したのが、中村七之助。
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この寧王女、『椿説弓張月』では琉球国王の娘という設定。琉球で一国
の城主となった為朝の妻となるが、為朝が就いた城もまた、大里だった。


さて、大里西原でもう一軒、ぜひ参りたい場所があった。
その名は「天代大世(あまよたいせい)」、通称「ウフユー」という。
司祭する家は途絶えたそうで、辿り着いた神屋は例えようもなく古びていたが、
「いつの時代か、ミントン家からウフユーに長男が降りて来られたと伝わっている」
と、語り部から聞いていた。
正統な歴史には表れない、まさにアマミキヨの痕跡を辿るような伝承だ。
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ご神壇の位牌も朽ち果てそうなほど古く、向って右から、
「天孫氏」「天孫氏二十五代」「天人(※アマンチュー)」「大世(※ウフユー)」
と記されているのが、しばらく目を凝らして見て、ようやく読み取れた。
『中山世鑑』にある「天孫氏王朝二十五代」はフィクションという説もあるが、
こうして祖霊は祀られ、私が拝所に着いたときには供え物をして礼拝する方たちがいた。
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神壇上に「天代大世」との刻字。語り部は「天代とは神代のこと」だと言う。
いっぽう、私には籠神社・海部宮司の言葉が思い出された。
「海(あま)は天(あま)である」。海神族が世界の海を股にかけ活躍した
上古代の拠点は、もしかするとこの琉球にあったのではないか…。
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by utoutou | 2014-05-06 16:39 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
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