甦る古代琉球〈5〉海に消えた倭族ワニ〜『契丹古伝』より

『契丹古伝』をしきりに読んでいた3年前、東京芸大美術館で
展覧会『草原の王朝 契丹(きったん)美しき3人のプリンセス』があり、
王家の姫たちの今なお煌めく遺物を観た。写真はそのときの図説本から拝借
したもので、現在の内モンゴル赤峰市。契丹を統治した遼王朝の王城跡。
風が渡り鳥が舞うなか、遊牧の民が駆け抜ける往古を偲ばせて、美しい…。
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『契丹古伝』(1986年復刻、八幡書店)は10〜13世紀、中央から東アジア
にかけて帝国を築いた契丹(=遼、太祖は耶律阿保機=やりつあぼき)に伝わる
謎の古文書という。日露戦争中、鴨緑江軍兵站に従軍して、偶然その写本を入手
した著者・浜名寛祐氏が、帰国から20年かけて解読して、大正15年に刊行した。

わずか2980字という短編ながら、そこには草原の王朝・契丹の祖先である
「東大神族(しうから)」を伝える神話と歴史が収録されていた。
東大神族は、漢民族が登場する以前から存在したユーラシア大陸の先住民。
日本人の祖先もこの東大神族というから驚いた。そして「殷は倭なり」と。

大陸最古の王朝と言われる「夏」、その夏を滅ぼしたと言われる「殷」、
また中国史では蔑称で記される「東胡」「匈奴」も、同祖・同族という。
大陸の先住民である「殷」の末裔と「漢」との対立こそ、ユーラシア大陸
の古代史の真相であるというのが、この『契丹古伝』の核心部分のようだ。
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689ページある復刻版『契丹古伝』で、沖縄に関係すると思われる箇所は
少なくないが、もっとも興味深かったのは「ワニ」なる種族に関するくだり。
東大神族には、太陽を信仰する騎馬民族である、7つの種族がいた。
そのなかで…と、浜田氏は記している。
「今なお残る種族は日本の潢弭(ワニ)と、朝鮮の潘弭(ハイ)である」。

「ワ二は紀元前1500年頃できた殷の大候国だったが、やがて“潢浮海”。
支那で海に浮かぶといえば東に去ること。日本へ来たのではあるまいか」。
これを読んで、私は思ったのである。
海に浮かんで去った潢弭(ワニ)とは、大和の渡来豪族・和爾(ワニ)氏?

ミントングスク近くにも戦前「和名」という集落があった。「ワニ」と読む。
こちら3500年前の貝が出た垣花川原貝塚は、旧称「和名盤原(わにばんばる)」。
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和名集落で最高の拝所は「大森の御嶽」というが、別名「うふんりの御嶽」。
「うふんり」は「大里(うふざと)」の読みでもある。つまり…、
「東大(しうから)の里の御嶽」とも考えられるのだ。するとまた、
図らずも、和名とは東大神族(しうから)の渡来地ではと推理されるのだった。

大阪に出向いた折、奈良まで足を延ばして、ゆかりの神社へも参った。
JR桜井線の櫟本(いちのもと)駅。旧添上群櫟本町和爾にある和爾下神社。
ご祭神は、素盞嗚命、大己貴命、稻田姫命。
目を奪われたのは境内の赤い土だった。そのためか樹々の肌まで赤く見える。
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少し北に上社と言われる和爾坐赤坂比古神社、東には赤土山古墳がある。
和爾氏が採鉱、 金属精練と関係があると伝わるのも、その地質のためだろうか。

いっぽう沖縄の「ワニ」、垣花城跡の東にも製鉄所跡がある。垣花製鉄遺跡という。
by utoutou | 2014-05-15 11:48 | 天孫氏 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ジンジャーエール at 2016-11-20 09:03 x
大変確信をつくお話ばかりだと思いますので、転載、拡散をお許しいただければ幸いです。
Commented at 2016-11-21 10:29
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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