甦る古代琉球〈完〉ナーワンダーの封印

ナーワンダーグスクの巨岩登頂を断念して始まった、古代琉球への時間旅行。
ナーワンダーグスクとは何だったかを、いま一度考えて、それを終えることにしたい。

スサノオこと天王ガナシーを始祖とする、琉球最古の天孫氏王朝。
知念玉城台地の東端、つまり太陽の登る久高島と、西端・大里を結ぶ東西軸上に、
斎場御嶽、そしてその奥宮としてのナーワンダーグスクはあった。

そうつくづくと感じさせるのが、いまに残る地形だ。
5月の沖縄旅では豪雨で撮影できなかったが、こちら ↓ 久高島の西海岸から見た斎場御嶽。
その奥宮に座す巨岩は、「ナーワンダー=なでるわ=守護霊」の名に
ふさわしく、天王ガナシーと天妃ガナシーという男女一対の神を思わせる。
a0300530_16401269.jpg


反対側、大里から望む知念半島。ここからも斜めの稜線に一対の巨岩が。久高島は隠れて見えない。
a0300530_20554378.jpg


ナーワンダーグスクはその名の通り、沖縄本島各地に有力按司が割拠した
グスク時代(12世紀〜)の遺跡だが、一対の巨岩は神代から動かなかったと思う。

実は4月の沖縄旅の最後の最後、私はナーワンダーグスク近くには足を踏み入れていた。
肝心の巨岩には登れず、皇室の人が持ち帰ったと伝わる「ヒミコの鏡」のレプリカを拝むこと
はできなかったが、イナグ(女)ナーワンダーの麓までは登ることができた。
久手堅集落から、ジャングルのような山中の樹々を掻き分けて急勾配の獣道を進む。
それが緩やかになったところで、イナグナーワンダーを示す「女神」の石碑を見た。
a0300530_17111586.jpg


ナーワンダー“地域”まで案内してくれた久手堅(くでけん)の“仙人”は、
巨岩に登ったことはないと言い、麓一帯の楽園のような景色をこよなく愛していた。
樹々を透かして見下ろす谷間には、巨大な蝶の群れが乱舞し、川の流れる音がした。
a0300530_17211618.jpg


イナグナーワンダーの横に、斎場御嶽の寄満(ゆいんち)への↓降り口がある。
「貢物が寄り満る台所」と言われる寄満だが、その本態は縄文の女神=天妃ガナシー
の神魂を祀るナーワンダーグスクの真下にある聖所だったことを、ここでは確信できる。
a0300530_17585589.jpg


語り部は、玉城の神女おばあたちから、ある伝承を受け継いだという。
「聞得大君の“お新下り(就任式)”の本来の祭祀場は寄満だった。
寄満だけは、男性が絶対に入ることはできなかったという伝えがあるよ」と。
琉球王府の歴史によれば、それは斎場御嶽の御門口に近い「御仮屋」だったはずだが。
尚真王の時代(1465年〜1527年)まで、聞得大君による安全航海祈願も寄満で行われた。

寄満〜イナグナーワンダーのラインは、封印された。ともあれ、
古代天孫氏王朝にまつわる痕跡は、琉球王朝三代・尚真王時代までは残っていた。

尚真王。神号は「おぎやかもい」。かもい=カムイ。アイヌ語で「神の子」。
大陸渡来の東大神族(しうから)には、古代琉球民族とアイヌ族が含まれていたと思う。

by utoutou | 2014-06-06 19:19 | 天孫氏 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://mintun.exblog.jp/tb/19874053
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2016-06-13 23:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-06-14 09:31
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
<< 天王ガナシーことスサノオと「根の国」 甦る古代琉球〈10〉スサノオ降... >>