甦る古代琉球〈番外編〉龍蛇族も来た

ここ2ヶ月、どうも解けない謎があった。
古代から続く拝所や、アマミキヨの神紋がある大里西原(南城市)。この集落の
産川(うぶがー=聖泉)であるチチンガーに、古来、神鰻が棲んでいたというのだ。
「なんじょう文化財通信」('10年)で知った、今に受け継がれる伝承である。

鰻を崇める神社は、大山祇神社(愛媛)や三嶋神社(京都)などヤマトにもある。
また、天然鰻の産地だとしても、信仰上、食べない人々がいる地方があるとも聞く。
蛇と同様に、鰻も海人族にとっての龍神なのだ。

しかし、私は西原集落は、古代ワニ族の集落跡ではないかと考えていた。
ワニ族は紀元前からワニ舟(丸木舟)を操った漁労採集の民。鰐鮫を祖霊と敬った。  
大陸から海に漕ぎ出したのだから海人族に違いないし、鰐鮫も龍蛇の一種だろうが、
蛇や、南海に棲息する海蛇をトーテムとする海人族=龍蛇族は、南方から北上したはずだ。

百歩譲って、ワ二族と龍蛇族がバッタリ遭遇したと考えてみる。
しかし、遥かなる大陸の北と南から渡来した古代民族同士が、この小集落に、
痕跡の片鱗を残すとはあまりにも偶然。まさか…と、そこで思考停止に陥っていた。

チチンガーの拝所。8m下の井戸(カー)を御願する。立体的な構造の珍しい祭祀空間。
a0300530_12134086.jpg

外観もまた立派。左手の小道から回り込んで階段を降りる。西原では正月の若水をこの井戸で汲んだ。
a0300530_1214068.jpg


そんなこんなの昨日、『謎の出雲帝国』(吉田大洋氏著)で、龍蛇族の渡来経路を見た。
この図(57Pから拝借)によれば、大陸に発した龍蛇族は南回りで東進。琉球列島沿いに北上した。

a0300530_71372.jpg


そして、あっと思う。
チチンガーの近くにも「島根富威部(しまねとみのおいべ)」なる御嶽があれば、
仮説の上の仮説としても、龍蛇族である富(とみ)一族が渡来した可能性は高まる。

改めて『琉球国由来記』の「巻十三 大里間切」を開く。
あった…。「西原村」にある「大森御威部」のうち、ひとつが「神名 島根富御威部」。
龍蛇を崇める富一族のうち、北上する集団がいるいっぽう、定着した集団もいたか。

黒潮の本流は、ご存じ南方からフィリピンの東北部を通り、台湾と与那国島の間を通り、
東シナ海へと流れ込み、さらに対島海流に乗って北上することは、セグロウミヘビや沖縄の
イラブー(海蛇)が出雲に漂着することで知られているが、太平洋戦争中にフィリピンで戦死
した日本兵が海へ投げたヤシの実が、31年目に出雲の海に漂着した例もあると、最近知った。

出雲の稲佐の浜(昨年11月)。この季節、出雲の海へ北上した海蛇=龍神様は、
北東から吹く季節風に押されて沿岸に打ち上げられるという。
a0300530_12143593.jpg

くだんの『謎の出雲帝国』によれば、出雲神族(富族)の始祖はクナトノ大神。
続いてオオクニヌシノ命、コトシロヌシ、ホアカリノ命らの名が並んでいる。
また何代か後の裔には、トミノナガスネヒコ、妹のトミヤ姫、トミノ宿禰らがいる。
諏訪神・タテミナカタの正式名はタテミナカタトミノ命。「富」がつくのが神名の特徴だ。

思えば、富里、富祖崎、屋富祖、富着など、沖縄には富のつく地名が多い。
by utoutou | 2014-06-16 08:58 | 天孫氏 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://mintun.exblog.jp/tb/19898939
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 夏を待つ、ヒコとヒメの海 天王ガナシーことスサノオと「根の国」 >>