伊雑宮へ〈10〉ダビデの神面

伊勢神宮で神嘗祭が始まったようだ。

ということは、興玉神祭は……いまでしょ!! と、
ようやく昨日になって、気がついた。

伊勢神宮では、三節(6月、12月の月次祭と10月の神嘗祭)
の前日、神職が内宮の興玉神(おきたまのかみ、猿田彦神)
を祀る興玉神祭をするのだと、
一昨日、このブログに書いたばかりだった。

神嘗祭(かんなめさい)とは、その年の新穀を大御神に奉り、
ご神徳に報謝申し上げ、皇室の弥栄を祈るもっとも由緒深いお祭り。
(伊勢神宮のwebサイトの説明)

興玉神祭と、御卜 (みうら)についても、
神宮のお祭りと行事の項に記されている。

10月15日 興玉神祭
月次祭奉仕にあたり、内宮御垣内西北隅にご鎮座の地主の神、興玉神をお祭りする。
10月15日 御卜
奉仕する神職が、奉仕直前に神の御心にかなうかどうかを、おうかがいする儀式。


こちら内宮の月次祭・由貴大御饌(ゆきのおおみけ)。
正装した神職による厳粛なる参進の様子。伊勢神宮webサイトから拝借。
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神嘗祭、興玉神祭に思いを馳せていると、
御卜(みうら)のことがしきりと気になった。
「お祭りの前に、神職がそのお許しを得る」…?
どこかで聞いたことのある儀式だなと考えてみると…。

それは、琉球の始祖アマミキヨが祀られるミントングスク(南城市)
の当主・知念幸徳氏が、久高島の古祭・イザイホーを語ったくだり(要約)。

〜イザイホーの時も、ヌルさん以下、久高島の人々は
秘かにやって来られ「イザイホーをしますから」と拝み、アマミキヨの
神様からの許可を得られた場合だけできるということになっていた。
極秘扱いにされていましたが、米や藁をこちらから持ち帰って、
秘かにイザイホーをやっていたものです〜
(『沖縄県 久高島資料』('79年、「古典と民俗学の会」編著、白帝社刊)

アマミキヨ神と興玉神は、どうも共通点が多いようだ。
上古の時代、大陸から東方をめざして来訪したと伝わる渡来神。
稲作を担う太陽神でもあり、神祭りの許可を与える地主神。
そして…その形相は、天狗にそっくり。



ミントン家に伝わっていたアマミキヨの神面。
鎌倉芳太郎氏のスケッチを元に、仮面研究家ら有志が復元した。
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伊雑宮・猿田彦神社の神楽で使われていたという天狗面。
『伊雑宮の御師たち』('02年、志摩市磯部郷土資料館刊)より拝借。
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面影が洋風で「ダビデの神面」と似ているのも共通。
秦河勝が弓月国から持ってきたという兵庫県赤穂市の大避神社に保存される舞楽面。
『みのもんたの日本ミステリー! 』(テレビ東京)で、オンエアされた('07年)
とき、神職は「1300年前の面、ユダヤの神様です」とコメントしていた。
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秦氏。
『日本書紀』に、応神の時代に百済より渡来して帰化したと記される。
倭姫命が伊勢国に入ったとき、案内をした大若子命の別名は、大幡主命。
「大幡」は「八幡」などと同じく秦氏の名。外宮の神官・渡会氏の祖も秦氏である。  

久高島にも秦氏が渡来したと思われる痕跡がいくつかある。
ひょっとすると…猿田彦はアマミキヨなのか。

by utoutou | 2014-10-16 21:15 | 伊勢 | Trackback | Comments(0)
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