伊雑宮へ〈12〉倭姫の石棺

話は2年前の冬にさかのぼるが、
よみうりランド(東京都稲城市)の中にある聖地公園に行った。

ここには、釈迦の聖髪を納めるという釈迦如来殿やら、
高野山本願寺の本尊・十一面観音像を祀る多宝塔やら、
元読売新聞社主・正力松太郎氏の蒐集による超ド級のお宝が並ぶ。


お目当ては妙見堂。ちょうど月次祭で妙見菩薩像が開帳されていた。
京王線よみうりランド駅からゴンドラに乗ると、八角の妙見堂が見えてくる。
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数ある妙見菩薩で重要文化財はこちらだけ。鎌倉時代後期の作。
伊勢の外宮神官だった度会氏の菩提寺・常明寺に祀られていたが、
明治時代の廃仏毀釈で廃寺となり、やがてよみうりランドに安置された。
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その常明寺門前町が、現在の伊勢市倭町。 
宮内省が「倭姫命御陵墓参考地」と指定した前方後円墳がある。
渡会氏(旧磯部氏)、妙見菩薩(天御中主命、北辰信仰)、倭姫。
3つの点を結ぶ線上に、渡来豪族・秦氏が存在すると感じられた。
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さて、倭姫の陵墓に近い伊勢市楠部町に、皇大神宮別宮
の倭姫宮が創立されたのは割と最近で、大正12年のこと。


その大正12年、伊雑宮から200m北の千田寺跡から、
三種の神器が入った石棺が発掘された。
豊川稲荷から楠の提供依頼を受け、根元を掘り返した結果という。


その地が、昨年来の三重県観光キャンペーン
の一環として整備された「倭姫命の旧跡地」である。
天照大神の御杖代・倭姫がここで稲穂をくわえた真鶴を見て、
苗代をつくったという「千田のみ池」があったが、このたび
天井石と鏡楠の表示板が立ち、四阿も庚申堂もある公園になった。
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石棺には勾玉、矛、2面の鏡が入っていた。
村ではそう語り継がれてきたと、
今回の旅でお世話になった御師の家の森さんは言う。
当時「これは倭姫の遺跡か」と大騒ぎになったが、
すぐさま官憲がやって来て持ち去ったと。

白銅鏡だけは、
志摩市歴史民族資料館に保管されたが、
倭姫伝承とは時代を異にする「室町時代」のものとされ、
矛と勾玉は行方知れずに。それら神器を
納めたのが石棺状だったことを知る村人も、もはやいない。


「しかし」と、町役場に長く勤めたという森さんは言った。
底石は役場に長く保管され、
平成2年、御神田(おみた)広場の記念碑として甦ったと。
「重要無形民俗文化材 磯部の御神田」と刻されている。
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底石は秘かに表出したが、
石棺が発掘されたのは、倭姫宮が創立した翌年の
大正13年だと『磯部町史』('97年、磯部町史編纂委員会刊)は記す。
発掘の事実を1年ずらす操作がなされたのか。
だとすれば、そこにはどんな理由があったのか。

そう考えると、渡会氏の妙見菩薩がしきりと思い出された。

by utoutou | 2014-10-20 17:33 | 伊勢 | Trackback | Comments(3)
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Commented by とも at 2014-10-23 10:16 x
はじめまして。
沖縄の神様の事を調べていてブログにたどりつきました。沖縄に住んで10年以上になるんですが、神様のことなど何となくしか知らず、すごく興味深く読ませていただきました。
ウパーマのことも書かれていて、少しびっくりしました。
少し前から沖縄の為に祈るようにと聞こえていたんですが意味がわからず無視し続けていたら大浜のおじーに会いに行かないと。。。と。
何の事かさっぱりわからず、人の名前なのか、土地なのか。大浜のことをウッパマとかウパーマとか言うのを後でしりました。
久高島にもあるんですね。
今まで行こうと誘われる事は何度もあるんですが何となくこわくて、一度も行ったことが無い島です。
utoutouさんは導かれているんですね。

Commented by utoutou at 2014-10-24 08:56
ともさん 大浜のおじー、私も会ったのですが、白髪白髭の神様では? 何という名前で呼ばれる神様だったか、私も忘れたのて語り部に聴いておきますね。

ウパーマとかウッパマ、沖縄には何ヶ所かありますが、表記は「大浜」だと思います。琉球祖先宝鑑という本に「アマミキヨはウフアガリ(大東)から来た、シネリキヨはウフアラ(大荒)から来た」(逆だったかも)と書かれていまして、いずれその解明をしたいと思います。「大」が付く場所は、古代の大陸王国・大東族(シウカラ)からの人々の漂着地ではないかというのが、私の仮説です。

久高島は怖くないですよw 大切な神の島なので、御嶽を荒されないよう厳しいルールが作られていますが。
Commented by とも at 2014-10-24 13:02 x
こんにちは。大浜のおじーの姿はまだ見た事はないんです。ただ意識なく大浜のおじーに会いにいかないと。。。と口から出て、私は神様の事、おじーと呼んでいたのでどこの神様かと思っていたらブログにたどり着きました。
浜比嘉のシルミチューのおじーは白髪白髭の仙人みたいな大男でしたよ!何の合図か分からないですけどお供え物のみかんをぽーんと投げられましたw浜比嘉にもシルミチュー、アマミチューってありますよね、アマミキヨとかに関係あるんでしょうか?

神様との約束をやぶっているので久高島に行くのが怖い気がしてしまうのかもしれません。。。
縁があれば何がなんでも行く事になるんだろう。。と思ってますw
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