シャコ貝とアザカと猿田彦 1⃣ 死霊封じ

おきなわワールド(南城市)のケイブカフェ
その開口部・サキタリ洞遺跡から出た埋葬人骨は
9000年以前のものと見られているが、
後期旧石器時代(3万5千〜1万数千年前)
の可能性もあるという。


もしもこの洞穴がカフェとして開発・開店される
前に、発掘調査が始まっていたら、それこそ
考古学的に宝の山だったに違いない…などと思いつつ、
ガンガラーの谷ツアー」出発までの時間を、ちょうど
やっていた調査展示を眺めて過ごした。
a0300530_15421492.jpg




カフェ入口付近の遺跡(写真左)から出た埋葬人骨の胸と腹には、
30㎝大の石灰岩が4個も乗っていたと新聞に。死霊封じなのか!?
a0300530_15425642.jpg



前日、語り部と猿田彦神について話していたところだった。
ことに、猿田彦の死について。
『古事記』によれば、猿田彦は、阿邪訶(あざか)で釣り
をしていて、比良夫貝に手を噛まれて溺れ死んだというが、
その地・伊勢の阿邪訶は山の中。私はどうも腑に落ちなかった。

「しかも、比良夫貝は沖縄のシャコ貝のことですよね。
それに手を噛まれて死ぬなんて、あり得ないでしょう?」

すると、語り部は言った。
「シャコ貝は女の口と言われますから、暗喩だと思います。
鬼餅(ムーチー)の昔話と同じです」
「鬼退治の…!? 女の上の口は餅を食う口、
下の口は鬼を食う口と言って、
ホト(女陰)を出して、鬼を退治したあの…」
「古い神霊を鬼と呼んで封じる話です、あれは…」


さて、ツアー出発の時間。ガイドさんの案内でケイブカフェを出る。
a0300530_15442445.jpg



アッと思ったのは、森を歩き始めてすぐのことだった。
鐘乳洞の崩落でできた「ガンガラーの谷」を川が流れていた。
雄樋(ゆひ)川だ。そして、その源流は約5㎞離れた大城ダム。
天孫氏王朝の本拠地のひとつと語り部が言う、
大里西原集落のすぐそば。
また大里は、あの鬼餅の民話が生まれた場所でもある。
a0300530_1545067.jpg



鬼を食うのは下の口。
猿田彦の手を噛んで死なせたシャコ貝は
その形状から、女の下の口に例えられる。
ずいぶん無様な死に方に描かれたものだ。

by utoutou | 2014-12-25 18:54 | 洞穴(ガマ) | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://mintun.exblog.jp/tb/20583175
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< シャコ貝とアザカと猿田彦 2⃣... 港川人なのか〜国内最古の埋葬人骨 >>