猿田彦の下駄 2⃣ 古代海人族

失礼しますと拝礼しつつ
「イン二ヤー」と呼ばれる拝所の扉を開くと、
拝壇の隅に高下駄があった。手に取るとズシリと重い。
また、壁の上部には、木の長い杖も掲げられていた。

高下駄は、一本歯ではなかったが、
杖も祀られているとなれば、猿田彦の立像を想像せずにいられない。


魚根家と書いてインニヤーと読むことも知った。
方言読みで、魚は「いゆ」、根は「に」、家は「やー」。
そうすると、屋号の意味は
「魚根の家」「魚の根家」または「魚の根の家」か。
いずれにしても「根」がつく以上、
相当な旧家であることは間違いない。
古代海神族の痕跡ここにあり?
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インニヤーは既に廃絶したようだが、
比嘉康雄氏の著書『神々の原郷 久高島』には、
旧家のひとつとして拝所図が載っている。

インニヤー家(1979年調べ)として、
次のような説明文が。
「当家は龍宮神で、昔はフシマを管掌していた」。
また拝壇の香炉名も「龍宮神」「根人」とある。


イラブー海蛇の漁場でもあるフシマの漁獲権は外間根人が持つ
というが、それはイン二ヤー家から受け継いだものと聞いた。
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↓ 図に描かれた、フシマの神馬を繫ぐ「がじゅまる」(写真の右)。
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ここで、イン二ヤーの情報を整理すると…
・根人(男の神役)を輩出した旧家
・ニライ大主(女の神役)をも輩出
・龍宮神(=龍蛇神)の神魂を継ぐ
・フシマのイラブー海蛇の獲る権利
・神馬を繫ぎ止めていた聖木がある


久高島の真南に浮かぶ、龍宮神の棲むフシマ(火島)。
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そして、
あっと、下駄の鼻緒に気がついた。
イザイホーの「アリクヤーの綱引き」で使う
稲藁と酷似している。
水の少ない久高島では稲は育たないため、
祭具として使う稲藁は、アマミキヨの居住地と伝わる
ミントングスクから送られていたのだった。



by utoutou | 2015-02-05 08:01 | 久高島 | Trackback | Comments(9)
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Commented by rupa-ajia at 2015-02-23 17:05
はじめまして。下駄は、片方だけだったのでしょうか。下駄といえば、アラハバキ神によく奉納されることが多いですね。
Commented by utoutou at 2015-02-24 00:00
はじめまして。下駄は一足でした。なので見た瞬間、私も「アラハバキ神への奉納?」と思いました。東北でアラハバキ神を祀る神社には、わらじ等の履物が祀られるといいますものね。

こちらを祀った魚根家(廃絶しましたが)は「ニライ大主(うふぬし)」という神様を始祖として崇めていたことが分かっています。その始祖は、記紀にいうところの猿田彦だというのが私の仮説で、そのことは最近度々このブログに書いています。

ニライ大主が司祭した久高島のお祭りのとき「その神女が那覇で買った立派な草履を履いていた」という記録(昭和時代です)があります。これが、実は「猿田彦の下駄」の替わりだったのではと思ったりしています。古来、祭りに立ち会う神女たちは裸足でしたから。

コメントをありがとうございました!





Commented by rupa-ajia at 2015-02-24 18:08
ありがとうございます。一足というのは、両足分でしょうか。片足としたら、、杖の意味も含めて、猿田彦と同様、片足を怪我したり、なくしたという神話がいろいろ連想されますね(目もですが)。
魚は、イエス・キリストのシンボルでもあり、興味深いですね。
Commented by rupa-ajia at 2015-02-25 12:53
ありがとうございます。一足ということは、片方だったのでしょうか(度々すいません)。一本足であったり、片足を怪我する神が登場する神話は、猿田彦もそうですが、各地に多く伝えられていますね(片目もですが)。
魚といえば、イエス・キリストが思い浮かびます。馬がつながれていたということも含めて。
Commented by utoutou at 2015-02-25 23:47
こんばんは。その下駄は両足分でした。沖縄には新訳聖書、旧訳聖書のそれぞれの内容に似た風習がいくつもありますが、この場合はどうでしょうか。もう少し古い時代の民族が渡来した痕跡ではないかなと思っています。
Commented by rupa-ajia at 2015-02-26 21:11
同感です。イエスの源像はさらに古いですね。太陽信仰、星信仰がかかわっていますね。
Commented by utoutou at 2015-02-27 08:24
イエスの源像、そうですね。新訳に似た風習でさえ、非常に早い時代の伝来を思わずにいられないといいましょうか。ユーラシア大陸伝いに、あるいは海路で、東へと早々と移動してきた自然信仰の民がいたかと思っています。古代ユダヤ十二支族の影響と思われる痕跡も沖縄にはあるのですが、歴史はもっと重層的かなという感じがします。
Commented by at 2015-09-22 07:33 x
utoutoさん、おはようございます!昨日久高島に行って下駄の拝所見つけましたー♪ヽ(*´∀`)ノ 恐れ多くて扉は開けられませんでしたが、中を覗くと左側に下駄ありました。上を見上げたのですが、杖はわからなかったです。すぐそばのくんぶち山もミステリー多しなのですね!こちらも恐れ多くて森の外から眺めるしかできませんが、素人の疑問としては、イザイ山もそうですが、ほぼ平地なのに、なぜ山?と思ってしまいます。昨日大里家の木造の拝所の戸が開いてたのですが、外間殿と同じで七福神が飾ってありました。今回天久宮も銘苅にも行ったのですが、天久宮の中にも七福神。謎ですね、七福神。大里家の戸を覗き込んだら大黒様と恵比寿様の飾りもあって、???と思ってしまいました。なんとなく置いてあるだけなのか、それとも何かの意図があるのか。いやー謎は深まるばかりで面白いですね!
Commented by utoutou at 2015-09-24 09:10
> 寅さん
こんにちは。返信がすっかり遅くなりましたm(__)m

久高や天久に行かれたんですね。七福神、不思議ですよね。元家の拝所の掛け軸が最初に気になったのは古宇利島に於いてで、その後、そう言えば久高でも、、と改めて外間殿などで確認しました。

掛けられたのは戦後でしょうが、最近私は沖縄の神々が七福神に比定されているという意味では?と思うようになりました。次回は大黒家(屋号)の話を書く予定です。

ちょうど、大黒天と弁財天のお話を追っているいま、タイムリーな声がけをありがとうございました。
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