猿田彦の下駄 6⃣ 甦る根の彦

「魚根家(イン二ヤー)の“魚”とは、鰐鮫ですよ」
と、聞いたときのことは書いておかねばならない。
昨年末、語り部が霊視した。

「やはり和邇氏ですか?」
と聞くと「和邇氏です」と言う。
古代大和豪族・和邇氏のトーテムは鰐鮫で、
龍蛇神を崇めた。
そして猿田彦は和邇氏の祖神。ならば「下駄」
が示すのは和邇氏なのだろう…とは思っていたが。

大和朝廷の成立には欠かせない氏族と言われるいっぽう、
その名を記紀で見ることはほとんどなく、研究も少ない。

ただし、上古、玉城の和名に和邇氏の村があった
という口伝は、ミントングスクで秘かに語られてきた。


魚根家(イン二ヤー)の拝所は、魔除けの「石敢當」と
アジケー(シャコ貝)が並ぶ、のどかな集落内にある。
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それでも、話をすぐには飲み込めなかった。
イン二ヤーの拝所があるのは久高島である。
神の島とはいえ、祀られる必然はどこに。

「下駄だけで和邇氏と判断してよいですか?」
「拝所の場所からしても、そうだと思います」
「拝所の場所…?」

一帯は、久高島で「くんぶち山」と呼ばれる。
その歴史がどれほど深いかは、確かに地名に表れている。
「くんぶち山」は漢字で「国淵山」。国の淵の山。

「淵」を辞書で調べると「物事の出てくる根源」とある。
つまり「くんぶち山」とは、国ができた根源の山。
ここが、日本という国の原郷と解釈できる。

いっぽう、イン二ヤーは「(魚)根家」。
根家とは「もっとも古い家」という意味だが、すると、
くんぶち山の魚根家は「国の根源にある元家」となる。

かつて「くんぶち山」の由来を島人に尋ねると、
少し困った顔で、目を中空に泳がせていたものだ。
ここはただならぬ歴史を秘めた場所なのだと思った。


↓久高島にある「くんぶち山」の御嶽付近。
威部(イビ)に石臼も祀られる。古代、石臼は御神体だった。
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「くんぶち山で、何があったのですか?」
私は聞いた。
「王権の委譲が行われたのだと思います」
「王権の…」
「国津神から天津神に、そして神武に」
「何を譲ったのですか?」
「神代の剣です」

剣とは記紀に登場する「神代三剣」のことで、現在
そのひとつは石上神宮(奈良県)に祀られているという。

「誰が譲ったのですか?」
「猿田彦ですよ、ミントングスクのソネ彦」
ソネ彦!!
ミントン古伝の『如件のごとし』に、
「アマミキヨの夫」として、その名が見える。

「猿田彦がソネ彦だったとは。で、ソネの意味は?」
「私は、蘇・根彦なのだと思っています。
または、祖・根彦。彦は日子、日の御子です」

「根」という字は、沖縄の歴史に頻繁に登場する。
根家には、祭祀を司る根神(女)と根人(男)がいる。
百名玉城は「根の国」と呼ばれ、根所という旧跡がある。
話は飛んで、和邇氏関連の天皇の諡号にも「根子」がつく。

猿田彦と呼ばれた「蘇・根彦」が「アマミキヨの夫」
で、記紀によって名前を変更された神なら、
後世、末裔が願いを込めて「蘇る根の日子
=蘇根彦=ソネ彦」と語り継いでも不思議はない。

「蘇民将来の蘇でもありますね」と、語り部。
和邇氏、ソネ彦とは素戔男尊に繫がる系譜なのか。
何やら「根の国」の真意が解けてくる気配…。


和邇氏の和邇は、和珥、和爾、丸子とも表記される。
↓斎場御嶽の下、海岸にある御嶽「マルチャ龍宮」。
「マルチャは丸子の意味だろうと思う」と語り部は言う。
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by utoutou | 2015-02-18 16:43 | 久高島 | Trackback | Comments(3)
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Commented at 2016-09-25 21:16
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2016-09-27 17:33
> lapislazuli7さん
ご訪問ありがとうございます。椎根津彦・珍彦・倭宿禰ですね〜。
今回も籠神社の亀に乗った倭宿禰像と対面してきました。
実はこの方、浦島太郎でもあるのだろうなあと思ったことでした。
Commented by utoutou at 2016-09-27 17:35
続きます…椎根津彦…そうですね、猿田彦も被りますね。
よいヒントをありがとうございます。
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