富士山本宮浅間大社 7⃣ 祭神は赫夜姫(かぐやひめ)

鹿屋野姫と瀬織津姫とは同じ神格だろうと
私は思ったが、語り部の推理はどうだろうか。
前回の記事を載せた後、さっそく連絡があった。

「鹿屋野姫は、かぐや姫ですよ」
「木花咲耶姫の母神が、かぐや姫!?」

口伝、神託、インスピレーション。
語り部の謎解きにはいくつかのアプローチがあるが、
その見立てが外れたことは一度もない。
それしても、かぐや姫とはまた大胆な仮説。

ただ、決してあり得ない話ではない。
『竹取物語』で、月に帰ったかぐや姫が残した
不老不死の薬を、帝は勅使に駿河の山で燃やさせた…。

語り部の直感が正しければ、むしろ
かぐや姫は月へ帰ったというより放逐され、
やがて富士山に祀られたのが真実ということになるか。
何やら物騒で切ない話だが、存在を
消されたのなら、影の薄い女神なのも道理だ。


こちら新幹線・新富士駅の駅弁『竹取物語』(1050円)。
富士市は『竹取物語』と、つとに縁の深い土地だった?
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少し調べると、なんとやはり富士市には、
私たちが知る『竹取物語』とは
結末を異にする「かぐや姫物語」が残っていた。
曰く、
〜竹から生まれたかぐや姫は国司と結婚するが、
かぐや姫は月ではなく、富士山に登って姿を消した。〜

その伝承は富士山頂の案内看板にも
明記されているという(静岡新聞)から驚いた。

また、富士市内には赫夜姫(かぐやひめ)
という地名があり、赫夜姫遺跡からは
注口のある酒器も発掘されたという。

この縄文土器は3千年前のものというから、
酒解子神こと木花咲耶姫命の姿がリアルに連想される。
酒解子神の母神も、当然のこと酒解神だろう。
(↓ 写真は富士市立博物館HPより拝借)
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そして、なんと『富士山縁起』という史料には、
「中世、浅間大社の祭神は赫野姫だった」とある。
六所家総合調査だより』('08年、富士市立博物館)
第2号の「東泉院とかぐや姫」に記されていた。

『富士山縁起』とは、各浅間神社の由来を広めるための
書物で、中世に成立したことが確かなのが数点ある。

そのうち鎌倉中期以前の『浅間大菩薩縁起』
に「地主神・不動明王」とある。また、
鎌倉末期から南北朝の時代までは、
それぞれの縁起で「赫夜姫」
「赫野妃」「赫野姫」「賀久夜姫」と、
表記には微妙な違いこそあれ、すべて
「かぐや姫は富士山の祭神」と記しているという。

「祭神は木花開耶姫」とするようになった
のは幕末からで、林羅山が著した
『丙辰紀行』(1616年)が最初なのだという。


↓ 見延線・入山瀬駅付近。新福地(ふじ)浅間神社がある。
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とはいえ、それより後の『無量寿禅寺草創記』
(白隠禅師、1718年)にも、似た説話がある。

〜かぐや姫は天子の求婚を振り切るため
岩窟に隠れ、コノシロ(魚)と綿の実を焼き、
自死したと見せかけつつ、富士山頂の岩窟に身を隠す。
やがて人々は、そんなかぐや姫を「浅間大神」と呼び、
富士山のご神体と信ずるようになった。〜

では、かぐや姫とはいったい誰なのか。
それは、浅間大社代々の大宮司だったという
富士氏(和邇氏)の系譜にいる姫に違いない…。


遅まきながら、見逃していたコレを見なくては。
↓ もちろんスタジオジブリの『かぐや姫の物語』。
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by utoutou | 2015-03-10 20:06 | 神社 | Trackback | Comments(0)
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