ヤマトタケル ⑧ 丹生都比売 〜 秩父神社


ふたたび秩父神社。
古代、この地にいたらしい丹生一族に
ついて、思い出すことがあったが、
その前に由緒について振り返ると…。

秩父神社HPによれば
祭神は、八意思兼命、知知父彦命、
天之御中主命、そして、秩父宮雍仁親王。

創建は第10代崇神天皇の時代。
知知夫国の初代国造となった知知夫彦命
(八意思兼命の十世の子孫)が、祖神を祀った。


↓この濃い山並みの向こうの盆地に
秩父の町があり、秩父神社がある。
三峯神社の奥宮遥拝所からの絶景。
雲取山、白岩山と並ぶ三峯三山のひとつ
妙法ケ岳の山上に三峯神社の奥宮がある。
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秩父神社は、
武蔵国成立以前より栄えた知知夫国
の総鎮守にして、『延喜式』(927年)にも
掲載される関東屈指の古社である。

どれだけ古社であるかは、
社殿の奥に鎮座する天神地祇社に表れている。
出雲大社の十九社を彷彿とさせる横長の配祀。
計75柱の一ノ宮が祀られている。
国津神のいわゆるオンパレード。
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社殿は、1592年に徳川家康公が寄進。
江戸初期の建築様式を留め、埼玉県の有形文化財。
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社殿の彫刻は、日光東照宮の三猿や眠り猫で
有名な左甚五郎の作品「つなぎの龍」。
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さて、ご祭神の八意思兼神で
思い出されるのが、高皇産霊神の系譜。
子神が八意思兼神で、孫神が天ノ下春命。

 天ノ下春命と言えば…と、
瀬織津姫とともに祀る小野神社(多摩市)
に参拝した折に聞いた宮司さんの
お話を思い出したのだった。

小野神社の氏子さんには、
ご由緒の異説が伝わっているといい、
それは次のような話だった。

天ノ下春命(思兼十世孫)は、
武蔵国が拓かれる以前から栄えていた
秩父国の開祖だった。
この神が小野神社に勧神されたのは、
秩父牧官の小野利春が、武蔵国司
として秩父から転任したことによる。

その際に、瀬織津姫も秩父から来た
と見る向きもあり、その説によれば、
秩父豪族の丹党の祖先・丹生家の祖神
であった丹生都比売が、天ノ下春命と
ともに勧神され、後に瀬織津姫と
呼ばれることになったようだ。

天ノ下春命の名前は
『先代旧事本紀・国造本紀』に見える。
饒速日命が大和入りした際、
高天原から派遣された将軍の一人として。
〜三十二人をして、並びに防衛となし、
天織りし供え奉らしむ。
その三十一人目に〜天下春命、
武蔵秩父国国造等の祖〜と。

ただし、小野神社の伝で考えると、
知知父国の本来の祖神は丹生都比売か?
天ノ下春命よりも古い土着の姫神。
一体どれだけ古いのか。秩父には、
まだまだ古代の謎が隠されているようだ。







by utoutou | 2015-05-21 21:21 | ヤマトタケル | Trackback | Comments(0)
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