ヤマトタケル ⑩ 白鳥の一族 〜 走水神社

酒折宮でヤマトタケルが火打袋を授けた
翁は国津神の子孫だと、語り部は言った。
つまり翁が祀っていたのは、この国の地主神
である国堅大神(くにかためしおおかみ)だろうと。

また、上古の時代、
酒折宮は富士山にあったと言った。
「山頂付近の久須志神社に、
その神様は隠されていると思います」

そこで、古史古伝『ホツマツタエ』
に答えを求めると、ヤマトタケ(ホツマではタケ)
が火焚きの翁に会ったのは、富士山南麓
のハラミのミヤだと記されていた。

そして、ホツマには、ヤマトタケの
妃・弟橘媛が入水したのは大磯の海だとも。
あらら……
道々あれこれ調べつつ、着いた先は横須賀の海。
走水(はしりみず)神社に来てしまっていた。

ま、ホツマのヤマトタケ物語は別途考える
として、今回は記紀に倣って走水神社に参拝。



走水神社。京急馬堀海岸駅からバスで5分。
横須賀市走水に鎮座。海岸のバス通りからすぐ。
祭神は、日本武尊、弟橘媛。
a0300530_14440518.jpg

沖縄の受水走水(うきんじゅはいんじゅ)の走水
と同じ地名なので、いつか参りたいと思っていた。
↓ 境内から振り返ると、太平洋の水平線が見える。
a0300530_14460575.jpg


そんなわけで、予習抜きでやって来た走水神社。
やはりと言うべきか、本殿横に稲荷社が鎮座していた。
この地も古代産鉄地だったか。
a0300530_1433482.jpg

↓ 稲荷社の横、海を見下ろすように磐座がそびえる。
いつの時代のものか、磐座を背に石の小祠も並ぶ。
古代祭祀場に、いわば稲荷社が重なっている格好。
a0300530_14333517.jpg


磐座を見て、ふと思う。
ヤマトタケルが実在し、この地へ来たとしても。

各地にこの赤い稲荷神社が広まったのは、
秦氏が伏見稲荷を建てた奈良時代(711年)以降だ。

従って、ヤマトタケルの4世紀、
各地に古代稲荷神が祀られていたとすれば、
こうした磐座を依り代にしていただろう。
では、誰が祀ったのか?
それは、白鳥伝説を持つ一族?

語り部のこんな話を思い出す。
「弥生時代の産鉄地には、白鳥伝説が残ってますね。
受水走水もしかり、白は何の例えだと思います?
湯玉ができるときに立つ白い水蒸気ですよ。
だから産鉄地には、白鳥が飛ぶ言い伝えがある。
それは、白の一族とも重なります」

語り部が常々言う、
沖縄の始祖・シロミキヨに繫がる民である。



磐座の横に廻ると、石をくり抜いた祠もあり、
なんとアザカ(ナガミボチョージ)の木が、
どうした偶然か、自生していた。
a0300530_14342888.jpg

アザカで思い出すのは、
久高島の古祭・イザイホーだ。
「イザイホー ② 十字の霊力」 に書いたが、
祭りの4日目、神女就任の儀式を終えた女たちは、
祝いの円舞を前に、髪にアザカの葉を飾った。

それは、一族の司祭となった証。
あのとき、私は語り部に聞いた。
「で、一族とは、どんな民族なんです?」
「火の神の民族でしょうね」

ちなみにアザカの葉は、十字に対生している。
十字とは、水・土・火・風…
万物創造の4大エネルギーを表す。

アザカのお陰で、ミッシングリングが繫がった思い。
火の神の一族とは、稲と鉄を生す一族。
またの名を「白の一族」という。

ヤマトタケルもその一族に繫がる皇子
だったと、考えられる。





by utoutou | 2015-05-29 20:46 | ヤマトタケル | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://mintun.exblog.jp/tb/21277447
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< ヤマトタケル ⑪ 弟橘媛の入水... ヤマトタケル ⑨ 国津神の子孫... >>