ヤマトタケル ⑫ 草薙の剣 〜 走水神社


走水神社の奥宮には、三社が鎮座している。
本殿から、左へとうねる山道を登って辿り着き、
鳥居を見上げると、太陽光線が目に入った。
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午後1時ごろ。
それほど急峻な山の途中に奥宮はある。

走水神社によれば、祀られるのは下記の神々。
神明社(中)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)
須賀神社(右)は、須佐之男命(すさのおのみこと)
諏訪神社(左)は、建御名方神(たけみなかたのかみ)
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ただし、すべての神が、古来
この地に座していたのではないらしい。
神明社は伊勢山崎に鎮座しており、
諏訪神社は御所が崎に鎮座していたが、
明治18年からこの形態で祀られるようになったと。


須賀神社のみこの地に鎮座していた。
つまり、元々祀られていたのは、須佐之男命。
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ということは…と、小祠を覗きながら考えた。

ここ駿河の走水を訪れたヤマトタケルは、
伊勢で、伯母である倭姫から授かった神剣
(天叢雲の剣=草薙の剣)を持っていたのだ。

スサノオがヤマトノオロチを退治した
ときに、その尻から出た神剣。
いわば「勝者の証」だ。けれども後に、
アマテラスのに献上されたものだった。

そして天孫降臨するニニギノミコトに授けられた。
以来、代々宮中で祀られれることになった。

その失われた神剣を持って現れた
ヤマトタケルは、この地の民の目には、
まるでスサノオの再来に映ったに違いない。

ヤマトタケルの旅の間、草薙の剣が
「水戸黄門の印籠」として機能したはず
だと思うのには、そんな経緯があるからだ。

ではなぜ、
垂仁天皇の皇女・倭姫は、
景行天皇の皇子で甥のヤマトタケルに託したか…。

やや長くなりそうな考察は、次回以降に
つづく…



走水にあるビューポイントからの東京湾。
横浜ランドマーク、ベイブリッジ、房総半島を一望。
運がよければ、夕景の富士山も見えるとか。
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by utoutou | 2015-06-05 20:42 | ヤマトタケル | Trackback | Comments(0)
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