ヤマトタケル ⑱ ウカノミタマ〜 久高島のフボー御嶽

沖縄久高島、第一の聖地・フボー御嶽が、
海岸植物群落とともに国の名勝と天然記念物に指定
されることに決まったと、沖縄の新聞に出ていた。


沖縄県南城市の「至宝」久高島のフボー御嶽(右)。
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熱田神宮の草薙の剣について、あれこれと
書いていたところだったのでタイムリーな朗報。
というのも、
草薙の剣にまつわるヤマタノオロチ神話は、
久高島と切っても切れない関係にあると思うからだ。

久高島の西海岸には7つの川泉がある。
古来それは「7つの首の蛇」と呼ばれたと
語り部は言う(記事はこちら )。

「7つの首の蛇」に例えられたこの久高島には、
上古、7つの川泉に沿って海人族が住み、
ウカノミタマを祀っていたと。そして
それは、ヤマタノオロチのことであると…。

かつて久高島は有見島とも呼ばれた。本島からは、
津見島(現在の津堅島、久高島の北に浮かぶ)
と双子の島と見られていたからで、
有見島(久高島)に渡るには、津見島経由
の船で渡ったと、昭和初期の新聞記事で読んだ。

その津堅島にマータンコーという祭りがある。
八つの首の蛇が娘を狙って来訪するのを、
酒入りの甕で迎え撃つ内容。
まさにヤマタノオロチ神話を彷彿とさせる。

今年はぜひ見学したいと思っているが、
例年、祭りの日時は旧暦11月14日。
久高島で12年ごとのイザイホーがあった時代は、
その前日、津堅島でマータンコーが挙行された。
祭りもまた双子のリレーように連続していた。

「マータンコーでは2名の男性が勇者を演りますが、
これはスサノオを想定していたのだと思います。
久高島にもソールイガナシーという男性神職
がいましたが、この神職もふたりでした」
と、語り部。

スサノオの再来とも言えるヤマトタケルに、
建稲種命という片割れがいたことは、
前回書いたところ。

スサノオ、ヤマトタケル(小碓命)。
草薙の剣にまつわる神話の主人公は、
どちらも「双子」。そのことと、
久高と津堅の「双子島」がダブって見える。



さて、国の名勝指定を受ける
ことになった↓フボー御嶽。
400年以上続いたと言われる秘祭イザイホーは、
当初、フボー御嶽で行われたと聞いたことがある。
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後継者不足のため37年前に途絶したイザイホー。
それまで記録に残る祭祀場は ↓久高殿だったが…。
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「イザイホーは昔、フボー御嶽でやった」
という伝承は、『沖縄学(第8号)』
('05年、沖縄学研究所発行)に掲載のインタビュー
記事で、久高島出身の高田普次氏も語っている。
高田氏は、1919年、
神人である掟小(ウッチグァ)の生まれ。


記事に曰く、
「私が小さい頃自分のお婆さんに聞いた話だと、
昔はフボー御嶽で行われていた…
(久高殿の)七つ橋とかハンアシャギにしろ
七つ屋にしろ、極めて人工的…あれは
新しいもので、本来はフボーの中に作られるもの…
ナンチュ達も本来はフボーに籠ったのだ…
“冬至の祭り”というような形で
フポー御嶽でお籠りをしたというのが
イザイホーの原初の形ではなかったかと…」


何年か前、この記事を読んだとき、だから
フボー御嶽が神の島のなかでも特別に
「何人も立入り禁止」の聖域なのだろう
と、合点がいったものだ。

そしていまはこう思う。イザイホーの
祭神はウカノミタマではなかったかと。


こちら東海岸にあるウパーマ浜の植物群落。
北端のカベール岬に続く、緑がしたたるような林。
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島の中央に携帯電話キャリアのアンテナが並ぶが、
土地共有制が保たれており、古来の植生も遺る。
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by utoutou | 2015-06-20 22:00 | ヤマトタケル | Trackback | Comments(0)
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