沖縄の天女伝説 ① 斎場御嶽

しばらく更新が滞っていましたが、
ブログ復活します。まずはご報告から。

8月16日(日)に開催しました
語り部を囲む会〜「私の好きな御嶽」を語ろう〜
@沖縄県南城市玉城・天空の茶屋。

定員を越す皆様にお集りいただきました。
ありがとうございます。

御嶽を廻っている人、ルーツ探しをしている人、
琉球の歴史に興味がある人、玉城に惹かれた人、
奥武島の観音様が気になる人、久高島に通う人、
与那国生まれの人、斎場御嶽が気になる人…などなど、
持ち寄った「伝承」や「御嶽で見たもの」や
「夢に見たもの」のお話を、語り部を囲んで共有しました。

語り部もいつになく語り、テーマは玉城から、
離島から、ムー大陸から、もちろん琉球の神々から、
琉球王朝時代から、原初の地球から、宇宙創世から…
時空を縦横無尽に飛ぶように展開しました。

ブログ主が書けなかった話を、直接お聞きいただいた
ことで、皆さんの探求のヒントになれば幸いです。


さて、私自身にも発見がありました。
斎場御嶽のくだりで、語り部が言ったこと。
「寄満(ゆいんち)には、天女神加那志が祀られています」
てんじょしんがなし。初耳の神名に興味を引かれ、
司会役にもかかわらず、割って入ったものです。
「初めて聞く神様、それをどうして、いま…」(笑)

いや、神名を知らなかったことが恨めしいのではなく、
今回の沖縄旅の目的がまさに「天女の御嶽」廻りだったので。
どうやら天女巡りの旅は、既に始まっていたらしい…。



斎場御嶽の寄満(ゆいんち)。囲む会の翌々日に訪問した。
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斎場御嶽の寄満については、何度か訪れ書いてきた。
寄満の真上に位置するナーワンダーグスクへも参り、
(レポートはこちら
また、久高島との位置関係も考察した。こちら


ところが、語り部は言ったのである。
「琉球王朝の初期の頃、聞得大君が即位式をしたのは
寄満で、その理由はここに
天女神加那志が祀られているからです。
風葬墓もあると、神人おばあたちから教わりました」



かつては、この寄満の正面右からも
ナーワンダーグスクへと登れたという。
聞得大君はここで、天女神加那志の霊力を授かったと。
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斎場御嶽の御門口(うじょーぐち)。
写真左の階段上が御門口。左へ登ると大庫理(うふぐーい)へ。
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ほかにも何ヶ所かの御嶽を廻り、数日後、東京へ帰った。
さっそく、天女神加那志の神名を求めて資料を開く。
慶留間知徳著『琉球祖先宝鑑』(昭和8年、琉球史料研究会刊)

阿摩弥姑(アマミキヨ)・志仁礼久(シネリク=シロミキヨ)
の四世として、その女神の名はあった。

四世 天帝子加那志
四世 天女神加那志

そして、二神の下に記された文字に驚いた。

一万七千八百二年

この表記で、二神が古代琉球王朝の始祖だと分かる。
この長い数字は、琉球古代天孫氏王朝(過去ログはこちら
の存続した年数として、琉球王朝『中山世鑑』にも載る。

すでに語る人もいない古代天孫氏王朝の存在は、
少なくとも昭和の時代までは語り継がれていた…。

by utoutou | 2015-08-23 12:19 | 天女伝説 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2015-08-22 18:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by utoutou at 2015-08-23 16:23
> 寅さん
こんにちは。沖縄は明日が大変そうですね。大きな被害が出ないよう祈っています。
教えていただいたURLに飛んで寄満の写真を拝見しました。本当ですね。人が座っているように見えます。

不思議だなと思うのは、その写真ではいつもの香炉の位置がズレていることですね。普段、香炉がある位置に人が座っているような形の石が置かれ、香炉自体は随分と右に移動されています。
誰かがその石像を置いたのでしょうか。

実は今回の沖縄玉城で、寄満で写真を撮ると神様が写るという噂を聞いたばかりなので驚きました。実は今回、私が撮った写真にも不思議な姿が現れまして。大切にしています。笑





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