沖縄の天女伝説 ⑤ 琉球王妃は天女の子孫

天女伝説の舞台・森の川(宜野湾市真志喜)。
公園の東側は、御嶽の森になっている。
石垣の先は、神女の修行の場とも言われる。


石垣の奥に『西森碑記』という石碑がある。
琉球王朝に近い伊江家による建立という。
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以下、碑文解説の抜粋。
〜(前略)森の川で沐浴していた天女と奥間大親が出会い、
一男一女が生まれた。男の子は察度と名付けられ、
後に中山王に就いた。私達の元祖尚宗賢伊江王子朝義の
母は宜野湾間切謝名村の野国掟(うっち)の娘で、名を
城の大按司志良礼(しられ)といい、尚清王夫人である。
私達孫は毎年五月、西森および森の川の泉を拝んでいる
が、野国掟は奥間大親の末裔であるという伝説
があるからであろう(後略)〜

しばし、説明に見入った。
つまり…ふたつの王統が、
天女の血縁で繫がっていることになる?

ともあれ、尚清王(在位1527〜1555年)の第七子を
初代とする伊江家の人々が森の川の石積み工事を
完成させたのは、1725年のことだったという。



森の川の傍らで見つけた往年のスケッチ(石板)。
川泉周辺の石積みを整備しのは、
天女の子孫である伊江家の人々だという。
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中山王・察度(さっと)の母は天女、
琉球王朝の王妃もまた天女(の末裔)。天女とした
ところに政略的な作為を感じるのは、私だけかしらん?
などと思いつつ、森川公園を出ると、近くに
たいへん立派な拝所があるのに気づいた。


公園で見た古絵地図に奥間家が描かれていた
が、ちょうど位置的に一致している。
失礼します…と、無人の神屋に声をかけ、
静かに、しかし、思い切って引き戸を開けた。
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畳間の神屋に上がらせてもらうと、
真っ先に目に飛び込んできたのは、天女の掛け軸。
その下に飾られた絵画もまた、天女の絵!
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やはり、
天女と結婚した奥間(大親)家の神屋だった。
横の壁にも天女の扁額を見つけ、
ここは天女を祀る聖所なのだと納得した。
そして、月夜に舞う天女の姿にutoutou(合掌)。


しかし、驚くのは早かったようだ。なんと、
神壇の位牌には、アマミキヨ直系の神名があった。
すると天女と結婚した奥間大親は、アマミキヨの末裔?
天女周辺の謎がさらに深まってきた…。
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by utoutou | 2015-09-13 05:49 | 天女伝説 | Trackback | Comments(0)
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