沖縄の天女伝説 ⑮ 大物主(蛇神)と玉依姫

語り部が銘刈港川原で霊視したという大物主大神。
思えば、当ブログでは案外と頻繁に登場している。

崇神の時代に、大神神社(奈良県)の祭主として
大物主大神を祀った大田田根子の出自は和邇氏だった
という系譜は、『琉球の和邇氏』の記事で見た。

この大田田根子は、天皇に「親は誰か?」と聞かれて 
「父は大物主、母は活玉依姫」と答えたと記紀に
あるが、母の活玉依姫については、『古事記』に、
名も知らぬ若者の子を身籠った姫として登場する。

妊娠に驚いた両親に、男の身許を調べるよう言われ、
男の着物の裾に、針に通した麻糸を付け、
それをたぐって行ってみると三輪山に辿り着いた。
若者は三輪山の大物主大神、つまり蛇神だった…。

それとまったく同じストーリーの神話が、宮古島
最高の聖地・漲水御嶽(はりみずうたき)にもある。
美しい娘を孕ませたのは、漲水の洞穴にいた大蛇だったと…。

大物主神という名の蛇神と、宮古島と、銘苅。
古代、大物主が率いた一族は宮古から移動してきたのか?

現代ではもはや調べる手がかりもないと思いきや、
先日、語り部が言った。
「銘苅から安謝川を挟んで北は、浦添ですが、
そのあたりには宮古島出身の家がとても多いのです」
「浦添ですか…」
「その一族と、浦添城は関係があるかもしれません」

浦添城。琉球初代の王・舜天(1187〜1237年)
の時代に創建されたと言われる。
浦添の語源が百浦襲(ももうらそ=浦々を支配する)
であるという考察は、伊波普猷氏が
著書『古琉球』の「浦添考」に記した。
首里城の正殿・百浦襲(もんだすい)の謂れだとも。

その百浦襲(ももうらそ)を思うとき、いつも、
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそ姫)を連想する。
百・浦・襲の3字に通じる浦添の地名が、
ズバリ琉球と百襲姫の関係を物語る…との説もある。



百襲姫の墓陵と言われる箸墓古墳(奈良県桜井市)。
『日本書紀』では、姫は大物主神(蛇神)の妻になったと。
百襲姫を『魏志倭人伝』の卑弥呼に比定する説は根強い。
(写真は'11年の撮影)
a0300530_12583591.jpg



倭迹迹日百襲姫命は、第七代孝霊天皇の皇女。
「大市墓」とも呼ばれる箸墓は3世紀後半の築造とされる。
a0300530_13035795.jpg


墓名の「大市」とは、倭迹迹日百襲姫命の別名である。
京都丹後の籠神社に秘蔵されていた『海部氏勘注系図』に、
「九世孫の妹」に日女命(ヒメノミコト)の名があるが、
その亦の名として、以下の4つの名が載っている。
倭迹迹日百襲姫命、千々速日女命、日神、神大市姫命。

最後に、神大市姫命とある名前が「大市墓」の由来か。
また「日神」が日の巫女=卑弥呼と同一視される理由だ。

では、千々速日女命(ちちはやひみこ)とは誰かというと、
孝霊の妃である春日千々速真若比売(古事記)、
亦の名は、春日千乳早山香媛(日本書記)。
どちらも和邇氏と同族の「春日」の文字を含んでおり、
倭迹迹日百襲姫命の母は和邇氏の女だったと考えられる。
とすれば、倭迹迹日百襲姫命も和邇の血脈にあることになる。

話はグルッと廻って、また和邇氏に戻ってしまった…。
ワニ氏のことは『大陸渡来のワニ氏はアマミキヨ?』に詳しい。



↓那覇市辻から遠望する、泊の港。
天久宮のある泊(旧・天久村)に、伝説の神女がいたという。
名は「中世玉依姫」と呼ばれていたと、語り部に聞いた。
「玉依姫」とは、大田田根子の母・活玉依姫を彷彿とさせる神名。
活玉依姫は和邇の女だった。さらに古代、
神武の天皇の母もまた同名の、和邇の地を引く姫だった。
a0300530_16342328.jpg

何だか今日は、天女を離れて、和邇氏の話ばかり…。
つまり大物主は和邇の祖だと思うのだが、その話はまた。


by utoutou | 2015-10-01 21:10 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://mintun.exblog.jp/tb/21694424
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by at 2015-10-04 12:09 x
utoutoさん、こんにちは! 宮古ですかー。はりみず御嶽、行った事あります(≧∇≦)ゴルフ旅行で宮古行って、お土産買って、港をブラブラ散歩してた時に遭遇しました。野良猫が10匹以上いて、ここは猫のパラダイスだなと思っただけでしたが(笑)そんな伝説が残る場所なんですねー。そして、確かに浦添は宮古出身の人が多いですねー。宮古も色々とミステリーがあって面白そうですね!
Commented by utoutou at 2015-10-05 08:14
> 寅さん
こんにちは。はい、宮古、八重山。むしろ住みたいぐらいですね〜。笑

そうですか、やはり浦添に宮古出身の方が多いと。代々なのでしょうか。
ところで、銘苅、大山、浦添まで行けば、浦添城はもうすぐ。
今でも浦添の高台から斎場御嶽(ナーワンダーグスク)は見えますよね。
近々また沖縄に行きますので、浦添を歩いてみたいと思っています。
<< 沖縄の天女伝説 ⑯ 神女・君南... 沖縄の天女伝説 ⑭ 大物主神と... >>