東国三社 ⑤ 龍蛇族はムー大陸から来た

語り部からの質問はいつものように唐突で、
それが、東国三社と何の関係があるのかと思うが、
おそらく何か重大な神託を思い出したに違いない。

語り部の質問とは…
「オキツス、とか、オキツシマという島が、
琵琶湖にあると思いますが、知ってますか?」
いや、私は知らなかった。

琵琶湖と言えば、今春、関西出張した帰りに、
京都から湖西線で高島駅に近い白鬚神社へは行った。
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古式蒼然とした境内案内図。
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語り部の言うオキツシマとは、
「近江八幡にある神社に関係のある神社」という。
「そのあたりに、古代、東国にいた一族と同じ人々が
住んでいて、クナト大神を崇めていたと思います」と。
つまり今では上書きされてしまったが、上古には、
息栖神社と同じクナト大神が祀られていたはずだと。


琵琶湖へは行ったことがないと聞いていたが、
時空を越えて古代を見るのは語り部の常。
というか、失われ、掻き消されたであろう、
沖縄の古代を知る手がかりになる神託が、
必要に応じ、その都度、降りてくるのである。

今回も手がかりを元に、私が検索してみると
東国三社の息栖神社の語源「オキツシマ」と同じ
名前の神社は、なんと偶然にも、
白鬚神社の対面、琵琶湖の東岸近くにあった。
それも、2社。
離島・沖島にある興津島神社と、
近江八幡の大嶋興津島神社である。




琵琶湖の部分地図で示すと…
(※赤丸と赤線は当方の加工です)
赤丸の上から順に白鬚神社、沖島の興津嶋神社、
近江八幡市の大嶋興津嶋神社、そして、
いちばん下が、近江八幡市で最大の日牟礼八幡神社。
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手書きゆえ、神社位置は正確さに欠けるものの、
なんと4社は湖を越え、ほぼ1列に位置していた。

そのためだろうか、↓ 琵琶湖西岸に建つ白鬚神社
には、神社と道路を挟んだ湖中にも鳥居が…。
思えばまるで対岸の何かを、あるいは対岸の何かが
白鬚神社を拝むような配置になっていたのだった。
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さて、4社の祭神はどうかというと…

・白鬚神社の祭神は、猿田彦大神。
・興津嶋神社の祭神は、興津島比売神。
   (和銅5年、藤原不比等による創祀)
・大嶋興津島神社の祭神は、大国主神と興津島比売神。
・日牟礼八幡宮の祭神は、
誉田別命(応神天皇)、神功皇后、比売大神。
比売大神とは、宗像三女神のことだから、
この琵琶湖東岸には、宗像族が入植したと思われる。
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※画像は日牟禮八幡宮HPから拝借。


その日牟禮八幡宮HPに、以下の由緒が(要約)。

〜成務天皇即位の折、竹内宿禰に命じて、この地に
大嶋大神(地主神)を祀った。

応神天皇6年(275年)天皇行幸の際、興津嶋神社
に参拝され、ご休憩した際、御座所が設けられたが、
後年、その御仮屋に日輪の形を二つ出るという話が
あったので、祠を建てて「日群八幡宮」と名付けられた。

持統天皇5年(691年)藤原不比等が参拝し、
詠んだ和歌にちなみ、比牟礼社と伝えられる。

そもそも日牟禮の社名は、日燭の転とする説があり、
和珥・日燭使主に由来する。和珥氏は応神天皇に
深い縁故を有し、同族の櫟井氏とともに、
江洲(現在の滋賀県地方)土着の氏族です。

古来わが国の各地に分布していた氏族の多くは、
その祖神あるいは神祇を奉祀していました。
当社は同族の人々がその祖神を祀る斎場に、
縁故深い八幡大神を合祀したものと考えられる。〜



なるほど…白鬚神社の琵琶湖西岸だけでなく、
この東岸地域にも、和邇氏がいたか。

東国三社で、あるいは東北で、和邇氏の痕跡
  を見たが、遠いこの琵琶湖でそれを確認するとは。  

「古来わが国の各地に分布した氏族の多くは、その祖神
神祇を奉祀した」と、日牟禮八幡宮は言う。
縄文族のネットワークがあったと言わんばかりに。
ただし、だからといって、その祖神がクナト神だとは
示されてはいなかった。

問題は、はたして、冨族と同様に、
和邇族もクナト神を崇めていたのかという点だ。
ただ、どちらも龍蛇族であるという共通点がある…。

和邇族についての考えは、このブログの
甦る古代琉球(5)(海に消えた倭族ワニ)や、
甦る古代琉球(6)(大陸渡来のワニ氏)に既に書いた。

クナト神を崇めた出雲神族・冨族については、
出雲の龍蛇神に会いに行く(出雲井神社)に書いた。

しかし、古代の和邇族と、出雲神族・冨族の、
祖神が同じという確証はなく、お手上げ状態に。

そこで、語り部に再び聞くと、こう言った。
「和邇族も冨族もクナト神を崇めていたと思います。
ただし、時代と渡来の経路が違う」
「ということは、つまり…?」
「出雲神族であった富族はシュメールから、
それよりさらに古く渡来した東国の和邇族は、
太古に沈んだムー大陸から渡来したと思います」

遂に出た…ムー大陸説。実は何度か語り部から
その口伝は聞いたが、書く勇気がなかった。
しかし、機はついに熟したと、いまは思う。



by utoutou | 2015-12-02 21:19 | 神社 | Trackback | Comments(5)
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Commented by 七色 at 2016-02-13 10:23 x
こんにちは。七色は龍蛇族のルーツを追い求めています。色々勉強させて頂きました。ありがとうございます。m(_ _)m
最近夫が買ってきた本はムー大陸。娘たちが借りてきたDVDはアトランティス(ディズニー) 私が借りたDVDは北欧神話のもの2本でした。
家族揃って龍蛇族♪龍蛇族♪♪となっていた週でした(笑)
ありがとうございます。
Commented by 七色 at 2016-02-13 10:25 x
こんにちは。七色は龍蛇族のルーツを追い求めています。色々勉強させて頂きました。ありがとうございます。m(_ _)m
最近夫が買ってきた本はムー大陸。娘たちが借りてきたDVDはアトランティス(ディズニー)にヘラクレス。 私が借りたDVDは北欧神話のもの2本でした。
家族揃って龍蛇族♪龍蛇族♪♪となっていた週でした(笑)
ありがとうございます。
Commented by utoutou at 2016-02-14 10:03
> 七色さん
こんにちは。いろいろコメントありがとうございます。多彩なお話のできるご家族、素敵です。「ひもろぎ」さんとの活動も展開しているようで、楽しみですね。
北欧と言えば、沖縄のある宿で、ケルト文化の研究者という方が「沖縄と世界観が似ている」と仰っていました。歴史の古さ、太陽信仰、自然信仰、器の渦巻き模様とか? 距離的には遠くても、縄文的という歴史の深さで繫がっているのかなと思ったことでした。これからもよろしくお願いします。 
Commented by 七色 at 2016-02-14 23:46 x
こんばんは。返信ありがとうございます。
はい。家族揃ってノボセモノです(笑)
今後の活動も楽しみです(o^ O^)シ彡☆

ケルト文化の研究者の方も、そのように仰るという程似てるのですね☆スゴいです☆☆
実は本日午後のテレビ番組にタテ続けに沖縄特集があっていました。1つは観光番組 もう1つは石垣島の遺跡(人骨発掘)タイトルが「日本人のルーツ」という再放送番組でした。
夫婦揃って見いっていたら、娘が沖縄に住みたいなっと言っていたので、沖縄旅に行った話を娘たちにしました。
番組内で古代人が台湾から黒潮を渡り高度な航海技術で沖縄に渡ってきた話などあっていました☆☆☆
こちらこそ、宜しくお願い致しますm(_ _)m
Commented by utoutou at 2016-02-19 08:47
> 七色さん
こんにちは。沖縄県内や九州のテレビ局では、歴史特集の番組がかなりの本数ありますね。
私も沖縄滞在中に、海人をテーマにしたドキュメンタリー番組を視たことがあります。
でも、陸にも海にも国境のない時代、古代人たちが船で移動した範囲は、実はもっと大きかったのだろうなあと思ったことでした。
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