九頭龍大神 ② 弁財天は復活した

天河神社(天川大弁財天社)の社務所で、
『天川弁財天曼荼羅』を戴いた(2000円)。
巫女さんに「こちらをお願いします」と言うと、
「はい、曼荼羅さんですね」と出してくれた。

A4厚紙の白黒コピー、クリアファイル入り。
発色が薄く霞んでいるが、八臂弁財天で、
十五の童子がその足元に居並び控えている。
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『天川村史』によれば、本尊として、2組の
「弁財天像および十五童子像がある」そうだ。

役小角による開山より、明治時代に入るまでは、
琵琶山白飯寺というお寺だった天河神社。

神仏分離令の出た廃仏毀釈の折り、全国の寺院
で混乱や破壊の嵐が吹き荒れたと言われ、こちら
天川でも同様だったが、やがて140年の時は流れ…。

'08年の特別御開帳で参観した知人によれば、
この十五童子を伴った八臂弁財天の他、
後醍醐天皇像、大国様、吉野権現、熊野権現が、
そして、秘仏・日輪弁財天像も特別公開された。


天河神社の拝殿から本殿を仰ぐ。朝拝では、
宮司さんがこの拝殿から祝詞を奏上して祈祷。
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天河神社の主祭神は市杵島姫神だが、
現在は、公式HPでも次のように明言している。
〜市杵島姫命は辨財天様としても信仰されております〜

神仏分離で混乱した過去の影は感じられない。
もはや市杵島姫命(瀬織津姫)=弁財天との
 観念は市民権を得た…といった世相の反映か。

しかし、ところ変わって、戸隠神社(長野県)
には、廃仏毀釈の危機から逃れるため、隠遁を
続けたという悲劇の弁財天ヒストリーがある。

現在は宿坊となっている
戸隠神社旧本坊勧修院久山館に祀られる弁財天で、
戸隠神社(=戸隠山顕光寺)の前立本尊だった。

その名も九頭龍弁財天。
15年ほど前、神職でもあるご当主によって
発見されるまで、敷地内の小祠に封印され、
   世の中に再び現れるそのときを待っていた…。  

ネットでその画像を拝見したが、まったく、
十五童子を伴った天川弁財天像そのものである。
山岳密教の聖地だった戸隠には多くの宿坊があり、
秘された九頭龍弁財天像は他にもあると言われる。



戸隠神社奥社に並び祀られる九頭龍社。
祭神は(地主神である)九頭龍大神と栞に。
『戸隠山大権現縁起』には
「本地仏は九頭龍弁財天」と、記されている。
※昨年9月に撮影。いま3月は雪景色のなかに。
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九頭龍弁財天は、戸隠神社中社へ登る、
こちらの石段手前の久山館に祀られている。
拝観の予約は、かなり混み合っている模様。
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九頭龍弁財天像は復活、修復も終わって
人々に功徳を与えているが、時代をさかのぼって
みると、ひとつの疑問が湧いてきてしまう。
そもそもなぜ、九頭龍大神はこの戸隠山に、
地主神として祀られることになったのか?

いや、むしろ封じ込められたのである。

『伝説はなぜ生まれたか』(角川学芸出版)
の著者・小松和彦氏はこう記している。
〜戸隠山の九頭龍は、封じ込めて「神」として
祀り上げているところに、大きな特徴があった。〜

九頭龍大神は「祟り神」となったのだ。

















by utoutou | 2016-03-20 23:43 | 九頭龍 | Trackback | Comments(2)
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Commented by たぬき at 2017-01-11 11:12 x
九頭龍大神。
見方をかえれば、八股の大蛇。(股が八つだと首?は9つ。)

また、ひねくれて見れば、九頭はクズ。、、、葛。
葛は龍神/龍蛇神の形代、トーテム。
それを信奉したのが高尾張・葛城族。
更に言い換えれば広義の出雲神(カモ)族

後進の狡猾なヤマト朝廷との権力勢力闘争に敗れて王権と国は瓦解、
帝位も剥奪されて、島流し。(高賀茂大神(旧勢力の最高神)が土佐に島流し(追放)される≒奉祭する一族朗党もろともに追放)
ヤマト朝廷(大王)に全てを簒奪され一族勢力の民は追討され生きる場も奪われて命からがら逃散。劣悪な環境下で生きていくしかない、
迫害をうける下層民に落とされ差別の対象に(いわゆる披差別部落はこれがルーツでは)
Commented by utoutou at 2017-01-13 12:58
> たぬきさん
こんにちは。私にはやはり八頭+本体の主頭=九頭に思えますが、どうでしょうか。海人族の結束を、時代降って後の権力者が揶揄した言葉ではないかと。
葛にしても、楠、国巣、国津、国主、国栖、富士山の久須志神社もそうだと思っていますが、すべてが現代に残る「クズ」の語源ならば、リアルタイムではどれだけの迫害・放逐があったものかと想像がつきますね。逆に言えば、なりたくてもなれなかった先住者への屈折したの思いにも見えます。
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