六甲山と瀬織津姫 ② やっばり天穂日命と沖縄は

標高931mという六甲山に初めて登ったが、
山頂近くの六甲山カンツリーハウスまで
ロープウェイとバスを乗り継いで行ったので、
六甲比命神社までで、歩いたのは約20分。
誰もいなかったので、1時間ぐらい滞在した。

この磐座は、
沖縄県南城市・斎場御嶽の三庫理(さんこうり)
と似た形の空間で、いわゆるホトの形の自然洞窟。
なぜこんなに形が似ているのかを考えると、
やはり、語り部が、沖縄の始祖ではないかと言う
天穂日命(アメノホヒノミコト)繋がりか…と
思い至るわけで、拝礼もおのずとしみじみと。



ホト(女性器、産鉄の火床の意味も)を思わせる
が、それはまた沖縄の亀甲墓の元型とも言われている。
どちらにしても、私たちの生命の源そのものの形だ。
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ちなみに、
六甲比命の三角の空間から左へ、身を乗り出すと、
↓このようにダイナミックな石積み状の磐座が。
こちらを下方から拝礼するのが、正しい参詣法らしい。
つくづくと、やはり沖縄の御嶽に似ていると思う。
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そう言えば、天穂日命の古代祭場には、
↓ストーンサークルもあったが、やはり南城市
の百名海岸にあるアマミキヨ渡来地に見える
ストーンサークルと、姿がよく似ている。
(木村正昭・琉球大名誉教授の説はこちらの記事に)
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さて、六甲比女神社に長時間滞在した
もうひとつの理由は、神社の中に、
瀬織津姫と天穂日命にまつわる豊富な資料が
あり、お賽銭箱にお金を入れて購入した後も
興味津々その場で読み込んでしまったこともある。
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資料は以下のタイトルの2種類があった。
(料金は賽銭箱に入れるシステム)

1.『六甲山 瀬織津姫・白山姫と和歌姫
和す・尽くす トノオシテの復活!』
(↑写真中央、大江幸久著、66頁1000円)

2.『雲ヶ岩周辺の由来』
(↑写真右、六甲比女講世話人会著、4頁200円)


またスクラップブックには、所縁の寺社や、
『ホツマツタエ』など関連資料が満載。
内容はおいおい紹介したいと思っているが、
そのなかに、何だか気になる箇所がいくつか…。



まず、日下部(くさかべ)。
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『第日本地名辞書』「武庫郡」の項にこうあった。
(武庫郡とは、六甲山(旧武庫山・向つ峰)
のある、この地、摂津国武庫郡を指している)

〜続日本紀、天平神護二年、武庫郡大領、
日下部宿禰浄方、献銭二万(ママ)、椙榑一千枚〜 

即、スマホで調べると、天平神護二年とは766年。
このとき、この地・武庫郡の長官は日下部宿禰なる
御仁で、とにかく、献金と杉材献上をしたらしい。

日下部か…と…いや、自分でも何だかよく
分からないが、ちょっとピンと来るものがあった。
日下部氏といえば、天穂日命の末裔ではないか?
やっぱり天穂日命は沖縄と…。





by utoutou | 2016-04-05 21:43 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 武部正俊 at 2016-04-08 08:57 x
沖縄と六甲山の繋がり、興味深く拝読しています。
一昨年の6月に、僕の顧客に乞われ、沖縄のノロさんを六甲山の磐座に案内したことがあります。
その時の模様は、僕のブログ「磐座と祈り」に書いています。
また偶然というか、昨日、甲山の磐座についても書きました。
「甲山の磐座」
ブログのURLの貼り付けすると送信できませんでしたので、もし興味があれば、検索してみて下さい。
僕はまだ沖縄に行ったことがないのですが、深い繋がりを感じ始めています。
Commented by utoutou at 2016-04-09 09:35
> 武部正俊さん
こんにちは。甲山の磐座、拝読しました。実は甲山へも行くべきだったな…と、少し後悔してましたので、たいへん助かりました。しかも、緯度経度つきで。参考になりました。猿田彦神が祀られているというのも、やはりここに海人族がいたという確信に繋がりましたし。
「磐座の祈り」も、以前読ませていただいています。神女(カミンチュ)おばあの「神様は火を喜ぶ」とお言葉、私も今となっては納得できます。火(ホ)と火(ヒ)の神様ですからね。
話は戻りますが、甲山の記事を拝見しながら、川はどうなっているのだろうと思いました。丹波と武庫は川で繋がっているのですかね。六甲は磐座といい、興味が尽きないです。
Commented by 武部正俊 at 2016-04-10 20:30 x
武庫川は、六甲山北面の水を集めると共に、丹波篠山あたりの水も集まって来るようです。古代の重要な水路であったのではないかと思います。
甲山の南西には、北山貯水池がありますが、甲山を取り囲むような谷川が見当たらないのも不思議な感じがします。
Commented by utoutou at 2016-04-15 15:25
> 武部正俊さん
ご教示ありがとうございます。もし武庫川、加古川から丹後の由良川へと、つまり川を通して瀬戸内海から日本海まで繋がっていたのなら、猿田彦が祀られているのも当然かなと思いました。古代そのルートを支配した海人族の名残りとして。
武庫山は向津山(むかつやま)という意味だそうですが、甲山から向かった方向(冬至の日の出方向とか?)を、点在する磐座が示しているのではないでしょうか。
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