六甲山と瀬織津姫 ③ 紀香・日下部氏・如意尼・空海

六甲比命神社の話の途中てすが…。
昨日、藤原紀香さんが西宮ガーデンズ
(西宮市高畑町)で行われたイベントに現れたという。

西宮ガーデンズは、阪急電鉄・西宮北口駅直結の
大型商業施設(阪急百貨店・TOHOシネマズなど)
だが、この地には、かつて西宮球場があった。

私は年に数回、この西宮ガーデンズ前の施設で
行われる会議に参加するために西宮市に赴き、
ガーデンズのフードコートでランチをしたりする。
六甲比命神社参拝も、そんな出張帰りのことだった。


紀香さんの出身地での
「一日署長」姿は神戸新聞NEXTから拝借。
a0300530_08043564.jpg


さて、この西宮ガーデンズから古代遺跡が
出たのは、建設工事を前にした2006年のこと。
その結果、西宮市で初めての木簡(荷札)が出土
したが、なんと「日下部」の記名があったという。

いま、西宮市役所HPにも以下のような説明がある。
〜高畑遺跡では、古代にあっては「摂津国
武庫郡日下部某」木簡・和同開珎・斎串などが出土
した井戸跡や大型遺跡群が発掘されています。〜

木簡や井戸跡という特殊性から、当時「これは
武庫郡の役所跡か」と専門家も言っていたものだ。

その記憶が、六甲比命神社で資料を読んだとき、
「日下部宿禰」の箇所に反応した理由だった。

いずれも奈良時代の出来事。同じ日下部氏。
ただの偶然ということはないだろう…と。

あのとき、資料を繰る手が止まったのが、もう一箇所。
『六甲山 瀬織津姫・白山姫と和歌姫 和す・
尽くす トノオシテの復活! 』(大江幸久著)の
「六甲弁財天と空海・真名井御前」と題するくだり。

〜空海とともに廣田の神南備山=甲山に神呪寺
(かんのうじ)を開基した真名井御前(幼名:小萩
出身地は現京都府与謝郡与謝野町の香河(かご)と
伝わる)も弁財天=瀬織津姫と出会われたことが
『元亨釈書』などの記録に残っています。〜

廣田神社の神南備山である甲山を開いたのは、
籠神社の姫で淳和天皇の妃となった真名井御前。
そうだったのか…と、ちょっと大きく息を呑んだ。

真名井御前とは、空海の手彫りによる神呪寺
の如意輪観音のモデルとなった如意尼のこと。

そして、
真名井御前は、実は籠神社宮司家の海部氏と
同族の日下部氏からの養女だったという説がある。
六甲山と丹後半島は、日下部氏で繋がっていた…。



神呪寺の如意輪融通観音(重文)
『元伊勢の秘宝と国宝海部氏系図』
(元伊勢籠神社社務所発行)より拝借した。
a0300530_10385073.png


↑写真の絵解きには、次の一文が記されている。
〜弘法大師が海部直三十一代雄豊(おとよ)の娘
真井(まない)御前の生き姿を彫る。〜

神呪寺の如意輪観音は5月18日にご開張される。







by utoutou | 2016-04-07 20:29 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://mintun.exblog.jp/tb/22691355
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 六甲山と瀬織津姫 ④ 浦島太郎... 六甲山と瀬織津姫 ② やっばり... >>