六甲山と瀬織津姫 ⑬ 本当の瀬織津姫!?

日下部を考える時間が多くなっていた。
その祖・浦島太郎の物語は単なるお伽話ではない
のだと思えて仕方なく、また、大伴親王が
淳和天皇として即位して間もない825年に、
小野篁に命じて丹後に浦島神社を建立した話にも、
天照大御神に逆らうような月讀命への信仰を感じる。

そもそも月讀命の末裔という日下部族(隼人)が、
やがて日置部として太陽を奉じるのも不自然な話だ。
 太陽神と月神の両方を崇めるならともかく、
まるで月神(月讀命)への信仰を打ち捨てるように。

もしや古い神は破棄するよう強制されたのか…?
ではなぜ、淳和天皇は日下部を擁護したのか?
謎は多い。

「海人族は朝廷に重用され、虐げられた」と言った
籠神社宮司の話が、今、改めて思い出された。


そんな折り、語り部から質問がきた。
「ヒサツヒメというのは、どなたですか?」
またヤブカラボウにと思い、逆に質問する。
「えっと、どこにいたヒメですか?」
「たぶん九州です。宇佐神宮の近くだと思います」
という話を聞きつつ、目の前にあったPCで検索する。

が、私の打ち込みより速く、語り部が言い当てた。
「ヒサツヒメは、ヨソ神社に祀られていますね?」
「あ、あります。大分県に會所(よそ)神社が」
「74番地ですか?」
   「はい、大分県日田市大字日高74番地。會所神社…
当たりですね…祭神は久津媛(比佐津媛)とある。
 熊襲征伐の帰りの景行天皇を、ここ日田で出迎えたと」
   
  神託の裏取りは、いつもこんな調子で進むが、
 語り部の声がいつになく弾んでいる、気がする。
「この方が本当の向津姫(むかつひめ)ですよ」
「はい?」
憧賢木厳之御魂天疎向津媛命
(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)」
「ああ、天の日に向かう姫…」
「本当の瀬織津姫、葛(国栖)神、国津神かと。
天の太陽・月・星に向かう霊(ひ)の巫女です」
「どうして、それが分かるのですか?」
「おそらく、日下部族の日巫女だからです」
「ここにも日下部がいた?」
「そして、とんでもない鏡を持っていた」


調べると、久津媛が持っていたと推測される
のは、↓ 金銀錯嵌朱龍紋鉄鏡
     (きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)。    
昭和8(1933年)、日田市日高町で出土した。 
九州北部を東西に横断する久大本線の建築工事中、
こつ然と現れた鉄の塊は、後に「卑弥呼の鏡?」
と見られたが、アカデミックは一貫して無視したという。
※復元CGの写真は、ネットピア日田様のHPから拝借した。
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復元CGで想像がつくが、すこぶる精巧な細工。
前漢時代の鉄鏡だと分析されているが、驚くことに、
これは周辺諸国の国王クラスに下賜された鏡らしい。
現在は、東京博物館に保存されている。

さて、鏡が出土した場所は、
大分県日田市大字三芳字刀連町と推定された。
鏡と同時に出土したのは、刀、馬具、勾玉、そして、
後に、↓ 金錯鉄帯鉤(きんさくてったいこう)と
命名されることになる漢服用の金のバックル。
※写真は『大分の古代美術』(大分放送出版)より拝借。
a0300530_17560723.jpeg



バックルの全面に並んだ、そして鉄鏡の縁に施されて
いた龍紋のような渦巻紋を見て、私は思った。
隼人の盾」に描かれた渦巻紋とそっくりだ…。
私のような素人目には、そうとしか映らなかった。


by utoutou | 2016-05-11 14:27 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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