六甲山と瀬織津姫 ⑱ 日下部一族は琉球から来た?

保久良神社(神戸市東灘区元山町北畑)。
祭神は、須佐之男命、大歳御祖命、
大国主命、椎根津彦命。


阪急電車の岡本駅から徒歩(登山)30分。
大阪湾を一望する金鳥山の中腹にその神社はある。
山道最後のカーブで珍生岩(うずなりいわ)を通過。
その辺も古の境内だったか、やがて右手に鳥居が。
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ここに椎根津彦命が祀られているのは、
六甲山南麓の摂津・播磨から丹後に盤居した
日下部の先祖であるからだろう。

籠神社海部氏系図では、海部宮司4代目の祖。
椎根津彦の別名は、珍彦(うずひこ)、神知津彦。
神武東征の際、明石海峡に亀に乗って現れて先導。
神武から大和建国第一号の功労者として倭宿禰の
称号を与えられた。大倭国造、倭直でもあった。

海部氏系図に見える椎根津彦だが、籠神社
の創建は719年いうから、渡来先住していた
日下部氏とは、婚姻を通じて同族となったようだ。


沖縄で会った語り部は、迷うことなくこう言った。
「椎根津彦は浦島子(太郎)のモデルだと思います。
琉球の浦添城にいたという天孫氏王朝の王族。
浦添は方言でウラシー。浦島子はウラシーシーです」

「では、どんな経路で六甲山まで来たんでしょう?」
急展開にクラクラしつつ聞くと、語り部は言った。

「私が視たのは、二派に別れて東遷する日下部です。
一派は薩摩から筑紫・日田を通り瀬戸内海を進んだ。
もう一派は黒潮に乗って移動して、熊野の名草
に入り、さらに北上して宇陀から大和に入った。
各地で、縄文の人々と和合したのだと思います」



というわけで、保久良神社に参拝。
鳥居を見上げて、おーーーっと思わず声が出た。
その左、椎根津彦命が海に向かって手を挙げている。
「椎根津彦命」と刻銘された銅像は倭宿禰そっくり。
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こちら、以前撮った、籠神社境内の倭宿禰像。
珠を持っているが、衣装も美豆良の髪型も激似。
というか、同一人物だから似ていて当たり前。
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保久良神社神社・拝殿。南面している。
ひとり、またひとりと、参拝客がやって来る。
金鳥山〜六甲山〜有馬へのコースにあたり、
トレッキング中で参拝のために寄る姿も見られた。
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本殿の右手にある末社・祓御神社。
祭神は、天照皇大神・春日大神。
社名は、祓い戸の神・瀬織津姫を指しているか。
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境内から「灘の一ツ火」の石灯籠を見る。
文政八年(1825年)の作。往古は“かがり火”を
燃やし 、中世からは“油”で御神火を点し続けたという。
これを“灘の一ツ火”として、船人たちが目印にした。
火は、山麓の北畑村に住む天王講の人々が 、
海上安全を願い交替で守り継いできたと、説明版に。
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“灘の一つ火”の歴史には、この日2度目のびっくり。
有名な灯籠であることは知っていた。が、
それが灯台として機能する以前に御神火だったとは。

火を崇拝する古俗は、琉球や南島を源とする。
琉球、九州、熊野、大和三輪などに残る“火祀り”を
繋ぐキーワードは日下部なのかもしれない。

さて、本題の椎根津彦(珍彦)に関する探索…。

境内にある【御祭神「椎根津彦命」の御事績】
(石版)から以下のような由緒が知れた(要約)。

☆摂津国菟原郡(夙川から生田川の間)の統治を
任された命は、海と村里が見渡せ太陽を遥拝できる
最適な場所として、この地の海岸に亀を着けた。

☆命は大岩を並べて磐座とし、祖先神を祀った。

☆保久良の由来は「火種を保持する倉(火倉)」。
「ホ」とは、「ヒ」(神霊)を集めた場のこと。
椎根津彦は一族の人々とともに、日々常時「火種」を
供給し、土器生産を通じて、農業発展を奨励した。


神武との出会いや先導した経緯はここでは省くが、
続いての「事績」には、この日3度目のびっくり。

☆大和建国に貢献した後、信濃・越後の開発に尽力。
大和国造の位を子孫に譲り、故郷である摂津に帰って、
弟猾(おとうかし)と共に郷土の発展に尽くした。 

おとうかし…!? 兄の兄猾(えうかし)とともに
菟田 ( うだ、現・奈良県宇陀)にいた豪族の長である。
記紀では、神武に反抗する兄を殺して椎根津彦に協力、
大和のヤソタケル撃ちを成功に導いたとされる。

その弟猾が、後年、椎根津彦と保久良に住んだとは。
記紀にはない、保久良神社ならではの伝承である。

語り部の視た「日下部の一派は熊野に東遷した」
という話が、一気に現実味を帯びてきた。
珍彦と弟猾は同族だったということか?
…続く…。






by utoutou | 2016-05-25 13:07 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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