六甲山と瀬織津姫 39 イソタケルの城

伊計島は、古くは伊計離と書き「いちはなり」と
呼ばれたそうだ。「いちばん離れた島」の意味
     というが、なぜ「いち」に「伊」の字を当てるのか。    

思えば、沖縄に「伊」のつく地名は少なくない。
伊是名島、伊平屋島、伊江島、伊武部、
伊良部島、伊波、伊集、伊敷など。

久高島の東海岸にある白砂の聖地は、伊敷浜。
また地名でありグスク名でもあるのが、伊祖。


というわけで、伊計島を訪れた後、浦添市にある
伊祖グスク(現在は伊祖公園内)に行ってみた。
英祖王(1129〜1299年)の父祖代々の居城
だったと伝わる。伊祖公園内の丘陵がグスク跡で、
あちらこちらに古い石積みや石垣が残っている。
高さ50〜70m、縦長の城跡。鳥居の先が本丸跡。
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伊祖グスクは、『おもろさうし』に、
「あまみきよが、たくだる(つくった)ぐすく」と
歌われ、土器、須恵器、中国製磁器、貝殻、南蛮陶器
など、海を越えた交易を物語る遺物が出土している。

↓ 伊祖グスクの本丸跡あたりに建つ伊祖神社。
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↓ 伊祖神社の奥へ進むと物見台。拝所でもある。
眼下に、沖縄最古の貿易港である牧港が見える。
(煙突は火力発電所のもので、電波塔も兼ねる)
写真の右奥には、宜野湾や北谷の海岸が、また
写真からは外れるが、南西には慶良間諸島が望め、
この地が古来、要害の地だったことが感じられる。
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これまでも、
英祖王はアマミキヨ」などで推察してきたが、
この伊祖グスクで生まれたとされる英祖王は、
海部・安曇の流れをくむ古代海人族の末裔である。

では、伊祖の「伊」とは? と、改めて考える。
ヤマトの各地にも「伊」のつく地名は少なくない。

伊勢、伊豆、伊東、伊根、伊賀、伊丹、伊予、
伊那、伊万里など、全国に点在している。


神社では、伊勢神宮、伊雑宮、伊弉諾神社、そして
伊太祁曽神社(和歌山市)が代表的なところか。
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伊太祁曽神社はスサノオの御子・イタケル
(五十猛命、イソタケルを伊太祁曽神社ではそう呼ぶ)
を祭神とするが、歴史作家の戸矢学氏は、
「伊」とはイタケルのことであると、
著書『二ギハヤヒ』(河出書房新社)に記している。

紀伊国の「紀」は紀氏を意味するが、では古代、
「伊」氏もいたのかという観点から氏は考察した。
(以下、要約)

☆紀伊地方に紀氏と並ぶ伊氏がいたが、消えた。
☆「伊」姓は奄美地方に、またかつて沖縄にもいた。
古代海人族「伊」氏の名残かもしれない。
☆古来海人族の活動範囲は、中国江南から朝鮮半島、
日本列島の沿岸部全体で、自由に往来していた。
☆「伊」とはイタケル、海人族の王のことである。

さて…
伊祖グスクは、アマミキヨの造った城。
「伊」をイタケルと仮定するなら、伊の祖
・アマミキヨとは、スサノオということになる!?







by utoutou | 2016-07-27 18:48 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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