六甲山と瀬織津姫 43 ホツマツタエ

保久良神社境内の磐座群 ↓について書いた頃、
語り部は、磐座が渦巻き状に配置されていると
霊視した。カタカムナ文献を残したアシア族が、
磐座群で宇宙を表現して祀ったものだろう…と。


境内を金網越しに撮影した磐座(神生岩)。
         磐座群が渦巻きを成すかは、一見では分からない。         
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私は言った。
「本殿の奥へは勝手に入れなかったのですが、
ネット情報では、そういう意見もあるようですね」
「渦巻き状の磐座は、まさに先日のブログの内容、
カタカムナのウタヒ”を象ったものだと思います」

そう言えば、やはり縄文人の古伝と言われる
『ホツマツタエ』の「アワ(天地)の歌」も
古代人の宇宙観を表し、四十八音が渦巻く。

語り部は言った。
「古代の人々が六甲周辺にいたのは、土地の持つ強い
宇宙エネルギーが渦巻いていたからだと思います。
日本のはじまりは六甲からとされるのは
その地質のためで、先住民も渡来人も、それに
引き寄せられるように、六甲を聖地とした…」



こちらは、ホツマ研究家・いときょう氏が
主宰する『縄文文字を楽しく書く会』で、
資料として頂戴した ↓「フトマニの図」。

カタカムナとは一味違うが、やはり図象文字。
言霊を中心としたホツマの宇宙原理を表す。
円の中央に「アウワ」とある3つの象字は、
宇宙の中心にいる創造主のことだという。

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 ↑古代人は、創造神が「ウー」と息を吐くことで
  アウワ(ビッグバン)が起きたと考えていた。
  この息から左巻きの渦「ア」と、右巻きの渦「ワ」
  が出現したという。これが語り部の言う「アワの歌」
  の渦巻き。保久良神社の磐座は渦巻きの再現か?

  

さて最近、そんなアレコレを
思い出させる話が、語り部から飛び込んだ。

「六甲周辺には、カタカムナ系とホツマ系、
ふたつの縄文民族の流れがあったと思います。
どちらも、非常に似通った宇宙観を持っていた」

初耳な話だったので、すかさず質問した。
「そういうふたつの民族が、共存していた?」
「他にも流れはあると思いますが、少なくとも
2族は熊野(紀伊半島)から北上した。その痕跡が
日前・国懸神宮のご神体、2枚の鏡だと思います」



紀ノ川の下流域に坐す日前宮(和歌山市秋月)
は、日前神宮・国懸神宮という東西2社をさすが、
西の日前神宮は「日像(ひがた)の鏡」が御神体。
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いっぽう、東の国懸神宮は「日矛の鏡」を御神体とする。
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神域の中央あたりの坐すのは、地主神である
名草彦・名草姫を祀る中言(なかこと)神社。
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聖域の奥深く祀られる2枚の鏡は、
記紀神話「天照大神の岩戸開き」に登場する
八咫の鏡に先立って造られた鏡というのが由緒だが、
語り部は、その具体的な経緯を推理した。

「日前神宮の日像の鏡は、カタカムナ人の御神体、
国懸神宮の日矛の鏡は、ホツマ人の御神体かと…。
縄文の同時代、ふたつの海人族がこの地で融合して、
瀬戸内海から六甲山へと移動したと、私には視えます」

しばし呆然の後、私はいくつかのことを思った。
ふたつの海人族は南方から渡来した?
この地に残留した集団は名草族とも融和した?
北上集団は、瀬戸内海を渡り加古川から六甲へ?

そして、視界が晴れるような爽快感を感じた。
一対の鏡を日神の御神体として祀ったのは日前大神。
その女神を、『ホツマツタエ』では瀬織津姫という。
亦の名は、撞賢木厳之御魂天疎向津姫。
六甲山の向津姫あるいは、六甲比命とも呼ばれた。

すると今度は、難問が飛んできた。
「天疎(あまさかる)の意味は何だと思いますか?」
「天御中主神を仰いで…ですか」
ただし、次の一言が私には難解すぎた。
「だから、六甲山にレイラインは6本あるのです」






by utoutou | 2016-08-12 18:41 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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