六甲山と瀬織津姫 47 トヨウケビメノカミ

熊野本宮大社の神職を代々務める九鬼家、
また籠神社の海部氏が奉斎する神が
天御中主神ならば、住吉大社の津守家も然り?

籠神社奥宮・真名井神社の奥に広がる禁足地。
鳥居脇には、祭神・豊受大神(天御中主神)とは、
宇迦之御魂(稲荷大神)であり、また塩土老翁
・綿津見大神・住吉同体でもあるとして、
異名同神の名を刻んだ石標が立っている。



廣田神社(西宮市大社町)の祭神は、
撞賢木厳之御魂天疎向津媛とされるが、脇殿には
住吉大神が配神されている。つまり、
本来の祭神は天御中主神なのではないだろうか?
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というわけで、『住吉大社神代記』を見る。
住吉大社(大阪市住吉区)第一本宮神殿の奥深く
秘蔵されていたという唐櫃入りの古文書
(長さ17mの巻物)である。

住吉大社の神主が神祇官に提出した文書で、
巻末に大同3(731)年と。1300年近く昔だ。 


  とはいえ神主従八位下津守宿禰「嶋麻呂」、
遣唐使神主正六位上津守宿禰「客人」という
2名の直筆署名と、「後代の験の為に判を請う」
という注釈とともに、住吉郡と摂津職の押印がある。
写真は田中卓著『住吉大社神代記の研究』より拝借。
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いわば、津守氏の極秘家伝(全文漢字)。
大半が『日本書紀』と同じというが、ここだけは
譲れなかったのだろうと思われる独自の説話も載る。
他でもない、まずは「天地開闢」についての部分だ。
(以下引用)

〜 時に天地の中に一の物生れり、状(かたち)
葦牙(あしかび)のごとし。便(すなわ)ち神
 となる。天御中主尊(あめのみなかぬしのかみ)。
一書に曰く、国常立尊(くにとこたちのかみ)。
次に国狭槌尊(くにさづちのかみ)、次に
豊斟渟尊(とよくむぬのかみ)。凡て三神ます 〜

津守氏が崇める住吉大神も、やはり天御中主神。
皇學館大学元学長の田中氏によれば、
↑ 赤字部分は『日本書紀』にない所伝という。
ただ、『古事記』の所伝とは一致すると見ており、
『住吉大社神代記』の撰者は、『書記』にない
自家の古伝を強調したかったのだろうと記した。


廣田神社の脇殿に祀られる
住吉大神(=天御中主神)こそ、廣田神社の
真の祭神だと推理したところで、葉山媛を思った。
摂社・斎殿(ときどの)神社に祀られる初代斎宮だ。
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説明板に見える葉山媛・斎殿神社とは(要約)
☆神功皇后が廣田神社を創建した際、
皇后の命を受けて天照大神之荒御魂を祀った。
☆古くは廣田神社の東北・御手洗川沿いに鎮座
していたが、何度かの遷座の後、ここに祀られた。
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廣田神社の東北、御手洗川沿いとは甲山の麓。
葉山媛はいまの神呪寺の近辺で神祀りをした。

祀ったのは豊受大神(天御中主神)と、
 その向津姫こと豊受比売命(トヨウケビメノカミ)。
 亦の名は、撞賢木厳之御魂天疎向津媛(瀬織津姫)。










by utoutou | 2016-08-24 11:43 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(6)
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Commented by yuu at 2016-09-02 15:37 x
こんにちは。私は大阪の住吉大社の近くに住んでいます。ずっと住吉三神はどのような神様なのかなと思っていたのですが、今回の天御中主神という記事を読んで、なんでしょう、心がホッとしました。
ホッとするってなんだか変な感情なんですけど(^ ^)
心に落ちたのでしょうか。
本殿裏手にある摂社の大海神社は住吉大社が建つずっと以前からあり、辺り一帯は津守家の土地だったと聞きました。神功皇后と同じ海人族繋がりでそこに住吉大社を建立したって事もあるのでしょうかね。。。
この神社の境内にある井戸には汐満玉の伝説がありますが、この謎もこのシリーズを読んでいたら解けてくるのかな?!と興味津々です。
いつも面白い記事をありがとうございます!!
Commented by utoutou at 2016-09-04 13:32
> yuuさん
こんにちは。住吉大社、私も数年前にあの駅前の太鼓橋を渡って詣でました。あのときは四つある本宮の位置に気を取られていたのですが、おっしゃる通り元々あったのは大海神社なのだそうですね。
綿津見神と三神、住吉大神と三神、宗像大神と三女神…確か昨日もブログに書きましたが、「三」はオリオンの三ツ星、海人族にとっての羅針となる海神のことだと思います。
と書いていて、いま数年来の答えが出た気がします(笑)。
住吉神社は、第一本宮から手前の第三本宮まで縦一列に建っていて、第四本宮だけどうして右に離れていて神功皇后が祀られているのかと不思議に思っていたのですが、本来こちらには住吉大神(綿津見神・天御中主神)が祀られていたのかもれしませんね。
神功皇后の朝鮮出兵のときに権現した住吉三神が縦一列に祀られるのは分かるのですが、いわば祀る側の神功皇后が第四本宮の祭神なのには少し違和感があったのです。よいヒントをありがとうございました☆
Commented by yuu at 2016-09-05 18:13 x
第4本宮の位置も存在も、特徴的ですよね。
なるほど本来は住吉大神が祀られていたのかも、ですね!でもそう思う時、オリオンの三つ星説って、私なんだか不思議に思うんです。
天御中主神や、海人族は北極星や北斗七星を使われますよね。オリオンは真逆の南の空の星です。
しかも一年中見れて、航海の目安にもなる北極星や北斗七星と違って、オリオンは夏場は見る事が出来ませんよね。そんな星をどうしてだろう?!
冬場は目立つからかなぁ。。。


それで、ちょっと気になって調べてみたら北の空にも特徴的な三つ星があったんですね。北斗七星の横、おおぐま座の足下、三台星とも呼ぶみたいです。そして、その三つが住吉三神だ!説がありました!
しかもその三台星は面白くて、三つの星がそれぞれ2個ずつ、計6個並んでるんですよね。
それで、綿津見3神と合わせて6神だ!説まであると知りました…。
すみません、オリオンで答えが出たところで異を唱える説を持ち出してしまいました(笑)
色んな説があって、面白いなぁ、と思いました(^ ^)
Commented by utoutou at 2016-09-07 12:56
> yuuさん
こんにちは。そうなんです、私も三台星について最初は同じ意見でした。で去年、石垣島へ行ったり図書館で『おもろそうし』を見たりして、ブログに、http://mintun.exblog.jp/20721246/ とか http://mintun.exblog.jp/20782509/ を書いたのですが、沖縄の伝承や資料には三台星はどうも出てこないのです。
そのとき思ったのは、三台星は北斗七星の外側にあるので、にぶとぅい(北極)星グループの伝承に吸収されてしまったのかなと。
去年の↑ブログ「天津甕星」でも書きましたが、逆に『おもろそうし』の「あがる三日月」の歌を(語り部は三ツ星は沖縄方言でミカチチ・ミカツチで三日月に聞こえるので後世の誤訳では?と言っていたので、その意見を土台に)解くと、あのオリオン座の四隅を結んだ櫛形を、まさに「王の櫛のようだ」と歌っていて、これはやはりオリオン座の歌だなと納得した次第でした。
ちなみに『おもろそうし』のその「船往きの歌」は「えけ(掛け声)あがる三日月や」で始まるのですが、今風に変換すれば「いぇい、船が行く、三ツ星も上がった〜」のようなING感というか疾風感を伴うと思うのですが、これが三日月が上がりました〜では、どうも定点観測のように感じられるのです。
ところで、、、先日の大海神社のヒントをいただいて考えたことを、後ほど書こうと思います。よろしければまたご覧くださいね。
Commented by yuu at 2016-09-08 12:32 x
丁寧なお返事をありがとうございます。
わぁ、そうだったんですね!
こちらのブログを読ませて頂く様になったのが去年末くらいからで、それから色々と過去記事を辿らせて頂いていたのですが、教えて頂いた記事は読み落としておりました。ゴメンなさい(´Д` )。。。
もう一度ゆっくり読ませて頂きます!

もちろん、この後の記事も楽しみにしています!
毎回、早く続きを〜っ続きはどうなる〜っと言いながら読んでいます(笑)


Commented by utoutou at 2016-09-10 17:21
> yuuさん
ありがとうございます。ややこしい海部の勘注系図でも、安曇さん、日下部さん、和邇さん、息長さんは、周到に隠されて来た気配がありますね。いずれも、朝鮮半島に関係があり神功皇后に繋がる氏族だと思いますが、まだシリーズが終わるには時間がかかりそうで予想がつきません。まったく泥縄式です(笑)。
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