六甲山と瀬織津姫 54 浦嶋神社へ

籠神社・真名井神社(京都府宮津市大垣)から
車で20分走り ↓「舟屋」で有名な伊根の港へ。
そして、浦嶋神社(与謝郡伊根町本庄浜)へ向かう。
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籠神社(青)〜 浦島神社(赤)国道178号線を走った。





経ヶ岬を経由して1時間ほどで到着。
平日のせいか昼時だからか、参詣客はまばら。
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鳥居前の社号碑に「うら神社」と刻まれている。
田畑と山々囲まれており、ここから海は見えない。
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さて、この社に詣でたことがないままに、
数ヶ月前、記事()を書いたものだったが、
 境内で初めて御由緒の全文を嬉しく拝見。
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そこには祭神のほか、日下部一族についてや、
北極星信仰についても、明記されていた。
以下、御由緒(要約)

〜 浦嶋神社[宇良神社]
祭神 浦嶋子(浦島太郎)
相殿神 月讀命、祓戸大神

☆『延喜式神名帳』に『宇良神社』とある式内社。
☆浦島子は雄略天皇22(478)年に常世の国へ
行き、300有余年を経て天長2年に帰還(伝承)。
☆淳和天皇が浦島子を筒川大神として祀った。
その大祖は月讀命の子孫、日下部首の先祖である。
☆社殿は北極星を向いており、北極星信仰・・・〜

なぜか北極星信仰に続く・・・の部分には、白い
テープが貼られていて読めなかった。宮司さんを
探したが、運悪くお留守で、仕方なく英文を見る。

〜Emperor Junna named Urashimako
Tsutsukawa Daimyojin God and the shrine
was founded . in one theory, the Poriar Star
is enshrined as a God too.〜

(自前の訳)
〜淳和天皇は浦島子を筒川大明神として、また
一説には北極星も神として祀り神社を創建した〜

真名井神社では、祭神の豊受大神(天御中主神)
に、住吉大神・綿津見神・塩土老翁といった
異名があると石碑の銘に示されていたが、ここでは
ズバリ、筒川大神(住吉大神?)と北極星が主祭神。

北極星=天御中主神=天帝=太一=子(に)ぬふぁ星。
古来、琉球の海人族が崇めていた「北極星」を、
ここでしみじみと思ったことは言うまでもない。
日下部とは、大海を渡り来た先着の民なのだろう。



拝殿横の看板には、次の題文の看板があった。
〜浦嶋神社創祀一千二百年祭に伴う
本殿等大改修に関わる御寄付のお願いについて〜
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こちら東側から仰ぐ本殿。
明治17(1884)年の遷宮での建立という。
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ところで、日下部氏と海部氏は同族というが、
真名井神社に加えて浦嶋神社が創られた
のは、いったいなぜだったのだろうか?

淳和天皇の御代、
こちらに祓戸大神(瀬織津姫)を祀らねば
 避けられない災厄が起きていたのかもれしない。

社伝によれば、本殿は北極星を向いている。
神社の位置は東経135度15分。
あ、そうかと思う…。以前の記事に、
南北に神社が連なる「東経135度の子午線
天御中主神ライン)という自説について書いたが、
浦島神社は、その最北の地にあたる。

東経135度の子午線(南北線)に並ぶ6社。
保久良神社、廣田神社、芦屋神社、越木岩神社、
六甲比命神社、本住吉神社。祭神は、住吉
神社(住吉三神と神功皇后)を除いて瀬織津姫。
天御中主神ラインとは、瀬織津姫ラインだった。

その最北の7社目・真名井神社の豊受大神が、
御饌津神として伊勢の地に遷座して以降、
長きにわたって空位になっていた神座は、
浦嶋神社で再生したということなのではないか。
浦島子が持ち帰った龍宮宝珠の威光によって…。









by utoutou | 2016-09-24 14:52 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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