六甲山と瀬織津姫 123 琉球の珠

西宮神社(西宮市社家町)に参ったのは5月末のことだ。

2ヶ月以上も前になるが、足を運んだ理由は、アマミキヨ
の末裔にしてミントン家の一人娘・ファガナシーからの
託宣がなんと突然、語り部に舞い降りてきたからだ。
語り部を通して、私への伝言というかたちだった。
※ファガナシーに関する以前の記事は、こちら

久高島の始祖(中興の祖というほうがふさわしいが…)
と言われるファガナシーは、英祖王統時代(13世紀)の神女。
玉城から従兄弟であったシラタルとふたりで久高島に渡り、
その霊力によりイザイホーの祭りを再興したとの伝承がある。

西宮へ飛ぶ前日、私は那覇で語り部と会っていた。
もともと、旅は東京〜那覇〜関西〜東京の予定だったが、
関西では六甲山のどこを歩こうかとは、考えていなかった。

それもお見通しなのか、ファガナシーは語り部に告げた。
「私はミントンのイナグング(一人娘)。彼女にこれを伝えて。
六甲山をいくら探しても琉球の珠は見つからない。
いままで行ったことのない場所へ行くと見つかるでしょう」

いや、本当に驚いた。神秘現象に、私はあまり縁がない。
そんな私にも不思議とひらめくときがある。あのときも、
「それなら西宮神社に行ってみようか…」と、すぐに思った。


西宮神社へは、阪急西宮駅南口から5分ほど歩いて行った。
那覇空港から神戸空港に着き、そのまま直行して、午後1時。
海側の南門から、いわば六甲山に向かうようにして境内に入る。
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夏を思わせる日照りの中、境内の広々とした松林を歩く。
西宮港の御前浜公園あたりまでは、1.5㎞の距離があるというが、
神功皇后の時代(4C末)もしかり、中世までここは浜辺だった。
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まず、直進して左手に鎮座していたのは、沖恵比酒神社。
通称「あらえびすさん」で明治初期に荒戎町から遷座したという。
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しばし境内を歩き、参道を左に折れると、南宮神社が鎮座。
社殿前の階段、社を囲む玉垣など、立派なたたずまい。
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そうだったのか…と、説明板を読んでうなづいた。
南宮神社は西宮神社の摂社ではなく、廣田神社の摂社。 
廣田神社の境外摂社が、西宮神社の境内に鎮座しているのだ。

〜南宮神社
祭神 豊玉姫神 市杵島姫神 大山咋神 葉山姫神
当社は西宮市大社町に鎮座する廣田神社摂社で、
「浜南宮」とも称されました。平安時代には都の貴族が参詣し、
「梁塵秘抄」には「濱の南宮は、如意や宝珠の玉を持ち」と
歌われています。神功皇后が豊浦沖で得られたという廣田
神社の宝物「剣珠」は、もと南宮に納められていました。〜
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これだ…と、日照りのなかで日傘もなく、しばし佇んだ。
廣田神社の霊宝が神功皇后の得た「剣珠」だとは知っていた。
が、本来この浜南宮に納められていたとは知らなかった。

神託、そして参拝から時を経たいま、これが「琉球の珠」
だという確信めいたものが、私にもようやく芽生えてきた…。




by utoutou | 2017-08-07 14:18 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ichiko at 2017-08-09 15:29 x
こんにちは

西宮神社も身近なので。。。子供の頃から 「えべっさん」呼んでいます。
拝読していて 胃がキューーっとなりました(笑)
お盆に西宮に帰省するので、廣田さんえべっさんもおまいりしてきます(^^)
Commented by utoutou at 2017-08-10 17:16
> ichikoさん
こんにちは。やはり地理的に、えべっさんもお近くですよね〜。いろいろ気になるポイントがあったのですが、神池がいちばん印象的でした。中洲に宇賀魂社と市杵島社がほぼ並んでいまして、その二社と向き合うように伊勢への遥拝所があるんです。当ブログでは、宇迦之御魂は琉球から行った海人七氏族と考えているので、そうすると猿田彦さんと市杵島姫さんが揃って伊勢を遥拝するカタチになるのかしらと。。あれこれ考えているうちに時間切れになってしまいました。笑
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