六甲山と瀬織津姫 109 白兎神話は南方から

内陸にもあった、「白兎神話ゆかりの里」。
古来、村々の鎮守として白兎大明神を祀り、崇め、
古墳の数も因幡随一。その中心だったと言われる土師郷は、
現在の八頭郡八頭町にあたるが、そのまさに霊石山山麓に
 流れているのが、千代川の支流・私都川(きさいちがわ)。

この川の流域が八上姫の里だとの説があるいっぽう、
瀬織津姫を祀る神社も多く、なんと4社に祀られている。
(旧八上郡へ範囲を広げると、16社になる)

その理由は不明だが、もしや白兎大明神にあるのではないか。
「白兎大明神は猿田彦」という語り部の仮説が正しければ、
その太陽神・猿田彦の一対神とは、瀬織津姫という名の月神。

伊勢・伊雑宮の奥宮には、猿田彦神(伊勢大神、天照大神)
と瀬織津姫(罔象女神、泣沢女神)が、一対神として
秘祭されていたものだった(記事はこちら → )。

ともあれ、ここ因幡は、朝廷に「まつろわぬ民」の土地
だったのは確かだ。伊雑宮の鎮座する志摩・磯部しかり、
因幡にも、天照大神という記紀によってつくられた皇祖神
を、決して受け入れなかった琉球民族と同じ匂いを感じる。




新たに知った「白兎神話ゆかりの里」はさておき…
『古事記』によって知られる白兎神話の伝承地、
いわば、本家本元の白兎神社(鳥取市白兎)へも参詣した。
出雲大社を思わせる注連縄には、「立派〜」の一言。
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国道9号線沿いの駐車場に車を置き、神社までわずか数分。
鳥居からゆるい上り坂となる参道で振り返ると、水平線が。
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白兎伝承地のハイライトは、こちら淤岐ノ島(おきのしま)。
白兎海岸の沖合150mに浮かぶ小島から、兎はワニの背中を
踏み、対岸の「気多ヶ崎(けたのさき)」まで渡ったとされる。
島の上には鳥居が立っている。また遠目からは分からなかったが、
ワニに見立てられた岩礁は、いまも点々と連って見えるという。
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淤岐ノ島ばかりでなく、
周辺には白兎伝説の場面ごとの伝承地があって楽しめる。
神社の内外には、素裸の兎が体を洗った「不像不滅の池」が、
兎が泣いていた「高尾山」、兎が体を干した「身干山」がある。

ところが、この白兎神話伝承地の歴史は、
江戸時代より遡ることはないと、前出の石破洋教授は、
著書『イナバノシロウサギの総合研究』で述べている。

大国主命が八十神と共に八上姫に求婚する旅に出て、
兎と出会う場面は、必ずしも必要ではなかったのだと。
もし白兎の場面が挿入されるとしても、その海岸は出雲
でも因幡でもよく、淤岐ノ島の名も古代にはなかったと。

では、白兎神話はどのように生まれたのか?
(以下は石破氏の著書より引用)
(兎とワニの)〜場面は南方系の渡来説話が『古事記』
の作者に利用されて挿入されたものと思ってよい。〜

そういう考え方もあるのかと、目からウロコが落ちた。
確かに、小動物がワニに騙される神話は、東南アジア各地
に残ると言われるが、それが「渡来した」と推理するならば、
 いきおい海人族の渡来をリアルに想定することができる。
  神話は、ひとりで海を渡ることはできないのだから。  



実は、白兎海岸から東方を見ると、但馬(兵庫県)の岬
まで見通すことができ、その距離の近さに驚いていた。
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また、神社の駐車場には、こんな立看板があった。
怪しい車、人、船への注意を観光客に喚起している。
いかにも怪しいイラストに、かの半島からの海流を思う。
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何日か前、語り部は言った。
「近くの海岸に、大きく突き出た岬はありませんか?」
「そこが、本当の白兎神話の伝承地とか…?」
「南方から上がってきたらしい古代の船団が見えますね」










by utoutou | 2017-05-23 11:15 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)
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