2016年 06月 29日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 30 スサノオの魂

天照国照彦火明櫛玉饒速日命という神名で、
海部氏、物部氏、賀茂氏が祖を同じくすること
が分かるが、国宝「海部氏勘注系図」には
他にも関係の深い豪族として、尾張氏、安曇氏、
伊福部氏、和珥氏、息長氏、葛城氏が見える。

また、倭宿禰が丹後から大和入りしたのは
 神武の時代だったとの事績も記されている。
神武の水先案内人ではなかったのか…?

沖縄の始祖・アマミキヨの語源は、
アマミ(奄美)アマベ(海部)アズミ(安曇)。
 上古の琉球もその系図に繋がっているのか?
 沸々と泡のように興味や疑問が湧いてくる。

    あるとき、
海人族の始祖の長い神名を分解してみた。
天照・国照・彦火明・櫛玉・饒速日命。
これを言い換えれば…
天津神・国津神・彦火明・素戔嗚尊・饒速日命
になるというのが、語り部の意見だった。曰く、
「櫛玉を、素戔嗚尊の御魂と読めば、分かりやすい」

その意味は…
「出雲の熊野大社の祭神は、素戔嗚尊ですが、
正しくは、加夫呂伎熊野大神櫛御気野命。
海人族はみな、神代に海を統べた王・素戔嗚尊
の魂を継いでいるのだと思います。
素戔嗚尊は、琉球でいう天王ガナシー、
天地大神様(あめつちのおおかみさま)ですから」

そんな話を聞いて、スサノオ降臨と天磐船
という記事を書いたのは、2年前のことだった。
そしていま、新たな疑問を語り部に向けた。

素戔嗚尊とは、加夫呂伎熊野大神櫛御気野命。
ではその、加夫呂伎とは? 語り部は言う。
「祝詞にもあるカムロギ、カムロミ。さらに言えば、
塀立神宮(南阿蘇)の祭神、神漏岐命・神漏美命
という最古の一対神に繋がるのだと思います」

塀立神宮に参ったことはないが、世界の五色人
の故郷と言われ、1万5千年の歴史があるという。
思えば沖縄には、塀立神宮に繋がる口伝がある。
五色の龍は琉球から塀立に流れて行ったと…。

記紀のスサノオと、琉球で語られるスサノオ。
その神格にはまさに天と地ほどの違いがある。
三輪山に登ったあの日の朝、伊太祁曽神社
(いたきそじんじゃ、和歌山市伊太祁曽)に参って
 いたということもあり、なおさらそれを感じる。



五十猛命を祀る伊太祁曽神社の正面。
ここでは五十猛命は「いたけるのみこと」。
摂社に『紀』準拠のスサノオが祀られている。
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拝殿。主祭神は五十猛命で、
左は大屋都比売命(妹神)、右は都麻比売命(妹神)。
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広々とした境内を奥まで進むと、祇園神社。
父神である須佐男神(すさのおのかみ)を祀る。
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拝殿ほ仰ぐ。随所に年代を経た大樹が立ち、
木の神様らしい瑞々しい空気は感じられた。
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磐座の傍に『日本書紀』の解説板が立っていた。
〜磐(いわくら)
神代の昔 須佐之男神と五十猛神は 高天原より
天降りる時、新羅(韓国)の曾尸茂梨に降り立ち
ますが、「此の国には居りたくない」として、
舟を造り東に渡り、出雲國の簸川上の鳥上峯
に至ります。その後、須佐之男神は大蛇を退治し
五十猛神は妹神と共に日本全国に木を植えて廻り、
すべてを青山となします。(中略)この度、
奥出雲の鳥上峯の磐座をここ祇園神社の社前に
 神祀りし彼の地を遥に拝む縁といたします。〜
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by utoutou | 2016-06-29 22:04 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(2)