2016年 07月 06日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 32 神の名はスサノオ

籠神社(京都府宮津市)に伝わる『勘注系図』
では、天火明命のこととされる
天御蔭命(あめのみかげのかみ)が、こちら
国懸神宮(くにかかす神宮、和歌山市秋月)の祭神
でもあることは、先日、語り部の指摘で気がついた。


参拝したのは5月末日。一の鳥居から入ると、
左に日前神宮、右の国懸神宮が鎮座している。
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明立天御影命(あけたつあめのみかげのみこと)。
確かに国懸神宮の祭神・国懸大神の下に神名が。



↑ 日前神宮・国懸神宮の由緒を改めて見る。
〜謹みて按ずるに 日前国懸大神は天照大神の前霊に
座しまして 其の稜威名伏すべからざる太古大神
天の岩窟に幽居ましし時群神憂ひ迷ひ 手足措く所を
知らず 諸神思鐘命の儀に従ひて種々の幣帛を備へ
大御心を慰め和め奉るに當り 石凝姥命 天香具山
の銅を採りて 大御神の御像を鋳造し奉る 是れ
日前神宮奉祀の日像鏡 国懸神宮奉祀の日矛の鏡に
して二鏡 斎き祀る〜

難解ゆえ、日前・国懸神社HPから要約すると…

☆日前宮の神体は日像鏡(ひがたのかがみ)。

☆国懸神宮の神体は日矛鏡(ひぼこのかがみ)。

☆神代、天照大御神が天の岩戸に隠れたとき、
思兼命の議(はかりごと)によって石凝姥命が
鋳造した天照大御神の鏡を祀り、後に鋳造した
鏡は伊勢神宮の神体となったと日本書紀にあるが、
神武東征の後、紀伊国造の天道根命が、二つの神鏡
を(共に)祀ったのが、当宮の起源である。

つまり、二枚の鏡は表裏一対のまま
日前神宮・国懸神宮の神体として祀られていると…。
伊勢神宮の八咫鏡に先立って造られたものだと…。
国史を根底から揺るがすような由緒書きである。


では、
その鏡を奉祀した日前大神・国懸大神とは?
語り部の見立てはこうだ。
「日前大神とは天照大御神(女)より前の日神で
天照大神(男)、国懸大神は素戔嗚尊のこと…
合わせて天照国照となるのだと思います」



天津神と国津神、共に男神だったことになる。
↓ 国懸神宮には記紀にない歴史が見えると、語り部。  
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私は聞いた。
「すると、籠神社の系図にもある天御蔭命とは?」
「代々継承された素戔嗚尊の御魂のことでしょう」


それなら分かると…ようやく解けた謎がある。
天御蔭命の名は、勘注系図に何度も登場する。
そのことが、どうも解せなかった。
三世孫の倭宿禰命、六世孫の建田勢命、九世
の大那毘命、十一世の小登輿命、十二世の建稲種命。
その建稲種命は「亦の名を須佐之男という」とも。

天御蔭命がスサノオの魂を継承する人物に冠する
神名ならは、何度も登場することに違和感はない。

そこで、籠神社で求めた林兼明氏による大著
『神に関する古語の研究』を開いてみた。
以下「あめのみかげ、ひのみかげ」の項の要約。

☆祝詞文によくある「天之御蔭、日之御蔭」は
の語句は日本民族の根本信念で唯神大道の極致。
賀茂真淵が「蔭=遮蔽」と誤解して意味が混乱した。

☆「天之御蔭、日之御蔭」とは、
「天日の光躍=天日の恩光」の意味と考えられる。

「蔭」は古来、現代とは真逆の言葉だった。
天に光り輝く「天御蔭命」とはスサノオだった


語り部は言う。
「蔭は、“映した”の意味とも考えられますね」
「コピー?」
「はい、蔭に投影することで隠した神」
「後ろの正面だーれ、ですか?」
「はい、籠の中の鳥はスサノオだったのでしょう」

遂に出た、『かごめかごめ』の籠の中の鳥。
その神の名は、スサノオだ。


 ↓江戸初期に書写されたという、
勘注系図にはスサノオの暗号が隠されていた?
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by utoutou | 2016-07-06 21:31 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(4)