2016年 07月 11日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 34 海部氏系図の謎

「海部氏勘注系図」に瀬織津姫の神名がある
のを、系図を入念に見ていたときに知った。
つい先日のことだ。勘注系図「前書」の
最後尾(左いちばん下の部分)に、次のように。

天照皇大神宮 天照大神荒魂 瀬織津姫命

その左には「春日社 天児屋根命」、
さらに左には「猿田彦命 一云 大世多大明神」
とあり、また右方に「眞奈井社」ともあるので、
境内摂社の解説部分なのだと分かる。

↓勘注系図を接写。全体図はこちらにあります。
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現在も摂社として並ぶ(左から)猿田彦社、
春日社、天照大神和魂社(注釈に荒魂とある)。
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※系図、写真とも、
『元伊勢の秘宝と国宝海部氏系図』より拝借。


瀬織津姫はいま「縄文の女神」と呼ばれるが、
ご存じ縄文時代からその神名だったわけではない。
誕生したのは、天武・持統の時代にまで下る。
中臣氏が大祓詞に瀬織津姫として封印して、
(祟りを鎮めるための)新しい祭祀を始めたときだ。
その内容は、927年に完成した延喜式に見える。

「海部氏勘注系図」に、瀬織津姫の
神名が記されたのがいつだったかは分からない。

金久与市著『古代海部氏の系図』(学生社)に
よれば、勘注系図は古代より伝わる「丹波国造本紀」
を、仁和年間(885〜889年)に補正したものを、
さらに江戸時代初期に書き写したのだというが、
いずれにしても、始祖・天照国照彦火明櫛玉饒速日命
にも見える天照大神(男神)の妃神を、
作られた皇祖神・天照大御神(女神)の荒魂と
して祀らねばならなかった、ねじれた祭祀状況に、
「元伊勢・籠神社」の無念を思わずにいられない。


さて、もう一点、
勘注系図を見ていて、非常に謎めいていたのが、
「おとよ」と名のつく人物が何度か登場することだ。

まず、十世の孫である
縫(おぬい)命の亦名が、小止与(おとよ)命。
妹に大倭姫の名があり、その亦名が倭迹迹姫命。

九世孫である倭迹迹日百襲姫命との近似性が気に
かかるが、この点は金久与市氏も指摘している。

次に、同族・尾張氏の部分。海部氏十一所世孫に
乎止与(おとよ)命がいて(過去の記事はこちら)、
その妹が宮姫である。この姫は、
ヤマトタケル妃として亡夫から草薙の剣を継承した。

そして、私がもっとも興味を引かれたのが、
後に如意尼となる真井御前(まないごぜん)の父で、
海部直三十一代の名前も、雄豊(おとよ)であること。

重要人物に「おとよ」が、なんだかヤケに多い。



秘仏・如意輪観音像ご開帳の日に訪れた
神呪寺に残る真井(まない)御前の姿。掛軸の
横に「海部直・雄豊の娘」との解説があった。
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神呪寺(西宮市甲山町)と神奈備山の甲山。
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「おとよ」という名のつく海部氏のキーパーソン。
その解釈について、語り部に意見を求めると…。

「豊…という字を示す暗号ではないでしょうか」
と言った。意表をつく見立てに驚き、私も聞いた。
「豊とは、真名井神社の豊受大神のことですか?」
「はい、大いに関係があるのではと、思います」

籠神社奥宮・真名井神社の祭神である豊受大神。
その来歴に、いったいどんな秘密があるのか?

六甲山から始まったシリーズ、ようやく戻ってきた
と思いきや、なんだか難解な謎解きが待っていた…。








by utoutou | 2016-07-11 22:34 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)