2016年 08月 17日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 45 天御中主神ライン

天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)のことは
↑ 先日書いたが、それは海人族にとって
子(に)ぬふぁ星(北極星)と見なされた神。
籠神社・海部氏の所伝によれば、
奥宮・真名井神社の祭神であり宇宙根源の大霊神
・国常立大神であり、宇迦の御魂(倉稲魂)である。


籠神社の奥宮・真名井神社境内にある天御中主神
   の磐座。手前の標石にその神名が刻まれている。  
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天御中主神はまた、上古の沖縄にいたらしい
「海人七氏族(セーナナー)=七つの首の蛇」の御魂、
つまり「宇迦の御魂」であり、豊受大神というのが、
語り部の伝授を私が咀嚼して至った結論である。

その神は丹後・真名井神社から伊勢へと遷座。
千年以上を経た今も外宮・豊受大神宮に鎮座するが、
神徳は天照御大神の御饌津神(食物・穀物を司る神)
としてであって、海部氏の所伝とは大きく異なる。

なぜそんなに大きく異なるのかというと、
天御中主神は存在を消されたからである。
海人七氏族(先住系海人族)の崇める大神は、
その消滅と運命を共にせざるをえなかった。

物部氏が蘇我氏に滅ぼされた契機は、538年。
いわゆる仏教の教典や仏像の伝来にあったと思う。
その導入を担った蘇我氏の台頭に対して、神道を
擁護した物部氏は滅亡(587年)へとひた走る。

やがて起こる藤原氏の宗教改革によって、
       7世紀後半までに天御中主神は駆逐された。      

記紀では「天香香背男(天津甕星)征伐」と
されるが、まさにその星こそ天御中主神だった。


真名井神社にはこれまで3回ほど参拝したが、
こうした海人族の盛衰には思いが及ばなかった。
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さて、六甲から丹後へと北上するかのように
描かれた、東経135度の子午線とは?

それは、海人族の渡来地を貫き、聖なる
子ぬふぁ空を崇める「天御中主神ライン」。上古の
天皇を守護すべく北斗七星を象徴していたと思う。



改めて、琉球王朝の聞得大君が礼拝したという
天御中主神と七人の日巫女」の掛軸を思い出す。
中央に弁財天=瀬織津姫が鎮座しており、
7人の日巫女たちは北斗七星の化身に見える。
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きょう8月17日(水)は、ちょうど
沖縄では旧盆ウークイ(お送り)の日。
ご先祖さまが天空へと戻ってゆく、いまは夜…。











by utoutou | 2016-08-17 23:06 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)