2016年 08月 21日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 46 九鬼文書(くかみもんじょ)

「九鬼(くき)一族は、熊野から加古川へ渡った」
語り部がそう言ったのは、私が熊野への
神社巡りを終えた昨年末のことだった。

九鬼氏は一説には中臣氏の係累で、代々、
熊野神社の別当職にあることは有名だが、それも
後白河天皇の時代に任じられて以来の旧家とか。
中世後期は九鬼水軍、近世は綾部藩として知られる。


その「九鬼」の名を熊野本宮大社の参道で見た。
↓ 落書きが目立つが、宮司さんの新年メッセージ。
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↓ もはや懐かしくさえ感じる、
今年('16年)正月仕様の熊野本宮大社の拝殿。
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ところで、古来、加古川流域だった播磨は、
まさに私がいま注目している摂津国の西隣り。
現在の兵庫県加古川市と高砂市の市境に、
六甲山系に連なる播磨アルプスこと
高御位山(たかみくらいやま)がそびえている。

その頂きこそ、
九鬼一族にとっての霊峰であると語り部は言う。


標高304mだが、ご来光スポットとして人気とか。
↓高御位山の写真は「全国 観るなび」HPより拝借。
ちなみに、東経134度47分(北緯34度48分)。
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高御位山の山頂には高御位神社が鎮座しているが、
高御位神社運営委員会発行『聖峰たかみくら』に、
その由緒と伝承が記されている(以下要約)。

☆地元の旧家より昭和62年に発見された古文書
(大同2年(西暦807年)の記述あり)によれば、
祭神は高御位大明神(大己貴神命と少名彦命)。

☆その高御位大明神は、大同2年に降臨した
(朝廷の宗教改革によって降臨儀式が行われた)。

☆凝灰岩からなる山頂の磐座は、古代祭祀遺跡。
円形テラスには、灯火用に加工された盃状穴や、
御水址(みもひし)、祓禊趾(みそぎし)などの
祭祀遺構があり、ここが天壇だったことが窺える。

上古、天皇(帝)の即位式はこの山で行われた?

天皇の即位礼が行われる
高御座(たかみくら)の元型を、この高御位山に
見る思いがするのは私だけだろうか。
もし命名の時系列が逆だったなら、不敬のカドで
斬罪されたかもしれない時代もあったのでは?



高御座とは、天皇の玉座のこと。
平安時代から京都御所に安置されており、
平成天皇の即位の礼には自衛ヘリで皇居に運ばれた。
↓ 即位礼正殿の儀。※朝日新聞デジタルより拝借。
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さて、くだんの九鬼家に家伝として残るという
  古史古伝に『九鬼(くかみ)文書』がある。
成立の詳細は不明だが、天児屋根命の時代
に書かれたという神代文字を、奈良時代に
藤原不比等が漢字に直したものだと言われる。

そのなかに、
高御位山と古代天皇の関係に触れた箇所がある。
※三浦一郎著『九鬼文書の研究』を参照して要約。

〜神武五代の孝昭天皇は即位した後の正月、
天中押別命に命じて高御位山に鬼門八神を祀った。
高御位山は、皇始祖である天御中主天皇の磐座
の在るところ。神国で唯一の霊峰聖地である 〜

ちなみに、孝昭天皇の時代は日本書紀に沿えば
紀元前5世紀だが、編年の捉え方次第ではもっと下る。

また、鬼門八神(宇志採羅根真大神)とは、
天之御中主大神、高御産霊大神、神御産霊大神、
伊弉諾大神、伊邪那美大神、天照大御神、
月夜見大神、建速素戔嗚尊大神。


やはり…天之御中主大神。しかも…皇祖神。
九鬼文書には、その即位の経緯も記されている。

〜(顕生の神)天地萬身光生大神と、
(幽界の神)天地黄泉大神が聖婚して、
天津日嗣の大神である天之御中柱天地豊栄大神
(万国の統治神)が誕生した。この神は、
皇子である天御中主神に皇位を継承した。
ここまで一世24代にして312代、5万年余なり 〜

こうして超古代史に触れると、琉球の「天孫氏王朝
17802年」の数字は、驚くにあたらないと思う。
語り部は、「人類は誕生から9008代」
という神女の口伝を聞いたこともあるそうだ。
    





by utoutou | 2016-08-21 09:59 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)