2016年 08月 24日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 47 トヨウケビメノカミ

熊野本宮大社の神職を代々務める九鬼家、
また籠神社の海部氏が奉斎する神が
天御中主神ならば、住吉大社の津守家も然り?

籠神社奥宮・真名井神社の奥に広がる禁足地。
鳥居脇には、祭神・豊受大神(天御中主神)とは、
宇迦之御魂(稲荷大神)であり、また塩土老翁
・綿津見大神・住吉同体でもあるとして、
異名同神の名を刻んだ石標が立っている。



廣田神社(西宮市大社町)の祭神は、
撞賢木厳之御魂天疎向津媛とされるが、脇殿には
住吉大神が配神されている。つまり、
本来の祭神は天御中主神なのではないだろうか?
a0300530_14324505.jpg


というわけで、『住吉大社神代記』を見る。
住吉大社(大阪市住吉区)第一本宮神殿の奥深く
秘蔵されていたという唐櫃入りの古文書
(長さ17mの巻物)である。

住吉大社の神主が神祇官に提出した文書で、
巻末に大同3(731)年と。1300年近く昔だ。 


  とはいえ神主従八位下津守宿禰「嶋麻呂」、
遣唐使神主正六位上津守宿禰「客人」という
2名の直筆署名と、「後代の験の為に判を請う」
という注釈とともに、住吉郡と摂津職の押印がある。
写真は田中卓著『住吉大社神代記の研究』より拝借。
a0300530_15163727.png



いわば、津守氏の極秘家伝(全文漢字)。
大半が『日本書紀』と同じというが、ここだけは
譲れなかったのだろうと思われる独自の説話も載る。
他でもない、まずは「天地開闢」についての部分だ。
(以下引用)

〜 時に天地の中に一の物生れり、状(かたち)
葦牙(あしかび)のごとし。便(すなわ)ち神
 となる。天御中主尊(あめのみなかぬしのかみ)。
一書に曰く、国常立尊(くにとこたちのかみ)。
次に国狭槌尊(くにさづちのかみ)、次に
豊斟渟尊(とよくむぬのかみ)。凡て三神ます 〜

津守氏が崇める住吉大神も、やはり天御中主神。
皇學館大学元学長の田中氏によれば、
↑ 赤字部分は『日本書紀』にない所伝という。
ただ、『古事記』の所伝とは一致すると見ており、
『住吉大社神代記』の撰者は、『書記』にない
自家の古伝を強調したかったのだろうと記した。


廣田神社の脇殿に祀られる
住吉大神(=天御中主神)こそ、廣田神社の
真の祭神だと推理したところで、葉山媛を思った。
摂社・斎殿(ときどの)神社に祀られる初代斎宮だ。
a0300530_14304424.jpg



説明板に見える葉山媛・斎殿神社とは(要約)
☆神功皇后が廣田神社を創建した際、
皇后の命を受けて天照大神之荒御魂を祀った。
☆古くは廣田神社の東北・御手洗川沿いに鎮座
していたが、何度かの遷座の後、ここに祀られた。
a0300530_14305223.jpg



廣田神社の東北、御手洗川沿いとは甲山の麓。
葉山媛はいまの神呪寺の近辺で神祀りをした。

祀ったのは豊受大神(天御中主神)と、
 その向津姫こと豊受比売命(トヨウケビメノカミ)。
 亦の名は、撞賢木厳之御魂天疎向津媛(瀬織津姫)。










by utoutou | 2016-08-24 11:43 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(6)