2016年 10月 08日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 58 豊玉姫たちの船

兄を霊的に守護する姉妹を「おなり神」という。
では海神の娘とされる豊玉姫・玉依姫も、
兄弟(えけり)のおなり神だったのだろうか?
沖縄で会った語り部にそのことを訊ねると…。

「おなり神でしょう。兄は豊玉彦だと思います」
「豊玉彦は綿津見の神…つまり父神ですよね?」
「はい、歴史が豊玉彦を父としたのだと思います。
本当は豊玉姫・玉依姫の兄ではなかったかと…」

玉依姫は鵜草葺不合命の妃となり神武らを生んだ。
『古事記』では、豊玉姫は神武を生むと海の国へ帰る
が、育ての親として玉依姫を遣わした。

もしや豊玉姫は、おなり神として、
海の国にいる兄・豊玉彦の元へと帰っていったのか?
なんだか姫たちが急にリアルに感じられてきた。

「で、姫たちはどうやって海を往来したのですか?」
綿津見の国(和邇氏の原郷)は久高島だろうと、
私たちは、かねてから話していたのだった。
「ワニの船ですよ。あのイラブーが舳先に乗った」
「あ、私の見たものはワニの船だったのですね…」


久高島のある旧家に↓木の船が祀られているのを
知ったのは半年前だったが、その意味が紐解けず、
ただ写真を保存していた。それがワニの船だったとは…。
舳先にイラブー海蛇が、また船尾(左)に太陽らしい
丸い彫刻がある。裏面には薄く三日月の跡がある。
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さらに聞いた。
「豊玉彦が兄なら、本当の父・綿津見神は誰ですか?」
「大綿津見神の子・猿田彦(穂高見神)でしょうね。
猿田彦は、ワニ(和邇)の王だったと思います」

だからなのか。久高島には魚根家(イン二ヤー)
という拝所があり「猿田彦の下駄」が祀られている。
※記事はこちら↓ 

 
和邇とは後に大和豪族となる一族、古代、
ヤマトへ移動した集団もいると、語り部は視ている。

何やらこれまでに気づいたことの点と点が
繋がれて、目に見える線になっていく予感がする。



実は久高島に「龍宮」と呼ばれる大きなガマ(洞窟)
がある。鍾乳洞で深さ10mほど、奥行20mほど。
拝所は1.5mほどの高さ、十畳ほどの広さがあるが、
さらに奥行きがあるという話も。わずかに水が滴る。
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地底から青いエネルギーが絶え間なく昇り立つ。
「この龍宮には青龍が住んでいる」と語る神人もいる。
語り部は「(龍神の使い)イラブーに見える」という。
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洞窟(龍宮)の↓出入り口から地底へは急勾配。
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ところで、御先(うさち)の世(上古)に、
ワニの船がヤマトへと移動した痕跡はあるのか?

すると、語り部から逆に驚くべき質問があった。
「和奈佐比古(わなさひこ)とはどういう神ですか?」

「和奈佐」ならば、丹後だ。
天女を助けたのは和奈佐翁と和奈佐老女。
なんと、先日の丹後半島の旅で、最後に参った
比沼麻奈為神社と大いに関係のある神なのだった…。



和奈佐彦・和名佐姫は久高島から丹後へ?
↓台風18号一過の5日、久高島北端のカベール岬。
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by utoutou | 2016-10-08 12:03 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)