2016年 11月 04日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 64 高御位山

山頂に高御位(たかみくらい)神社が鎮座する
高御位山(兵庫県加古川市志方町)に登った。
標高は304mだが、播磨平野に突き出た山容から
播磨富士とも称される。「徒歩20分で登れる
ハイキングコース」らしいが、35分もかかった。



山頂というか岩頭の先端に「天乃御柱天壇」と
刻まれる真新しい石塔。天之御中主神の神廟か?
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鳥居の南(右)は絶壁。写真の下に写る方位盤に
よれば、眼下に高砂市、瀬戸内海の西に上島が、
東に淡路島が、正面65㎞先に大鳴門橋を遠望する。
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天壇から岩頭を見ると登山グループの姿があった。
徒歩数分の距離なのに、目の錯覚か遠くに見える。
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凝灰岩からなる岩頭が、夕陽に映えて神秘めく。
写真中央右の塔に「高御位大神御降臨之座」と。
志方町に残る古文書(天明4年、1985年)は、
「神代に大己貴命と少彦名命が初めて降臨し給いし山。
大己貴命を高御位大明神と尊號し奉る」と記している。
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山頂奥の天壇に天御中主神が祀られるいっぽう、
本殿には大己貴命と、少彦名命が祀られている。
 併祀というよりは、トリプルスタンダードな気配‥。
「高御位山」に海神系・国津神系・天津神系が三つ巴?
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大己貴命を高御位大明神とした経緯について、
くだんの古文書からは、次のように読めると
高御位神社運営委刊『聖峰たかみくら』は記す。
〜大和朝廷は、大同2(802年)に勅命を発して、
大己貴命と少彦名命の降臨儀式を岩頭で執行した。
そのとき、高御位山の尊称がついたと考えられる〜
つまり、それ以前の祭神は、天之御中主神だった?
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古文書『九鬼文書』によれば、高御位山とは
第5代孝昭天皇の時代に天之御中主神の霊を
鎮めた神山であるという。

神代から縄文から弥生へ‥‥大和朝廷以前の悠久
の歴史が、この霊峰には潜んでいる。
染まりゆく空で、龍神が怒りの火を吹いたように
見えたのは偶然ではなかったのかも‥。つづく。
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by utoutou | 2016-11-04 21:33 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)