2016年 11月 08日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 65 山頂の古代祭祀場

天御中主神を祀る巨大な石塔がそそり立つ
播磨富士こと高御位山(たかみくらいやま)の頂上。
登ったこのとき、時刻は15時半。好天に恵まれて、
瀬戸内海と上島(神島)を遠望することができた。
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振り向けば ↓天御中主神は北の方向に祀られている。
同じ山頂には大己貴命と少彦名命が祀られる
高御位神社も鎮座しているが、こちら↓高御位神宮。
代々の熊野別当職を務める九鬼家に伝わる
『九鬼(くかみ)文書』の「大中臣家秘録二因る神社記
抜録略』には、高御位宮の祭神として、
〜天地中柱主尊「天御中主大神」〜との神名が載る。
往古より神稜は、ここ山頂岩盤の西北にあったと。
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『九鬼文書』は、この神稜には「鬼門八神」が
鎮座しているとも記している。八神とは、
天照座大神、月夜見尊、素戔男尊、大国主尊、
豊受姫命、埴山姫命、岩烈(裂)命、根烈(裂)命。
(三浦一郎著『九鬼文書の研究』より)
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三浦氏は、昭和14(1939年)に、九鬼家当主だった
九鬼隆治氏から秘伝の古文献の研究を委嘱され、2年後
くだんの書を刊行したが、折しも太平洋戦争勃発の直前。
やがて終戦前になると、官憲の弾圧で発禁焼却処分に。
記紀神話より大きく遡る神代史が問題視されたようだ。

何しろ「神史略」の冒頭はこうはじまるのだから。
〜皇紀二萬五百餘年 天御中主神ヲ始祖トス〜


ところで、三浦氏の研究は、
山頂の祭祀場にも及んでいて興味深い(以下要約)。
☆高御位山の頂上には、禊巌、祭詞巌、典儀巌
なる三つの人工的な祭祀巌が集まっている。
☆それらは一体となり三つの様相を現している。
☆神々の御寶を蔵したという場所は、
禊巌の突出した鼻端にあり、覗くだけでも危ない。


初めての登拝だった私には、どこがどの祭祀の場か
分からず仕舞いだったのだが、
↓磐座の手前にある御水址(みもひし)は分かった。
古代人が神にお供えする水を溜めた穴らしい。
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古代祭祀遺跡は、山頂の大磐座の上にあるようで、
祓禊址(みそぎし)や盃状穴址も遺っているという。
いずれも岩盤をじかにくり抜いた祭祀用の遺構。
大己貴命や少彦名神といった神名もつかない風や
    光の神々を、姫巫女たちが降ろし崇めた痕跡だろう。   


さて、山頂でも、また下界に戻ってからも、
気になって仕方なかったのは↓こちらの小祠。
天頂の磐座に寄り添うように在った朱塗りの摂社だ。
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中央に宇迦之御魂神(ウカノミタマ)、
右に佐田彦神、左に大宮能売神が祀られている。
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宇迦之御魂は、沖縄久高島や伊計島にいたと
 伝承される「7つの首の蛇(古代海人族七氏)」だ。
おそらくその中には、九鬼家と同族である忌部や卜部も
含まれていたはずで、彼らが、天御中主神を奉じて
 海を越え陸を越え川を越え、この地に渡来したのかと、
海に向かって、そのルートを妄想したことだった。

宇迦之御魂を導いたのは佐田彦神(猿田彦神)。
大宮能売神(おおみやのめかみ)は、天鈿女命の
亦名と言われるが、宮中八神のの一柱として、また
造酒司(みきつかさ)としても奉斎されたという。

神酒(噛み酒)造りは琉球や南九州の古代習俗。
久高島の神女たちも、噛み酒を醸して神に捧げた。

そして、大宮能売姫を祀るもっとも古い神社は、
京丹後市大宮町にある大宮売神社なのだという。
郷名は周枳(すき)。丹後二宮で籠神社からも近い。
やはり海神族の北上を思わずにはいられなかった。






by utoutou | 2016-11-08 09:53 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(4)