2017年 02月 17日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 88 契丹古伝の女神

『契丹古伝』は、唐王朝(618〜907年)の次に
生まれた契丹(=遼、907〜1125年)に伝わる史書。
契丹語で綴られた一巻を、太祖・耶律阿保機
(やりつあぼき)が、重臣に漢字で編纂させたという。


契丹の位置(10世紀)
『草原の王朝 契丹』(九州国立博物館)図録より拝借。
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『契丹古伝』の原文はわずか2980字、句読点のない
叙情詩といった体裁だが、日露戦争中に鴨緑江で従軍中
 に偶然写本を入手した浜名寛祐氏が、20年をかけ解読。
『日韓正宗遡源』として刊行した。
契丹古伝』はその復刻版。


契丹(きったん)=キタイ=Cathy。
英語で中国の語源ともなった契丹は、ユーラシア大陸
遊牧の民が建てた帝国。その古伝には、中国の正史
にはまったく登場しない神話と歴史が満載である。

しかも、綴られた古伝はまさに大陸的で、初版本
タイトルにある『日韓…』には治らないスケールだ。

浜田氏によれば、契丹人の祖先は東大族(シウカラ)。
日本や朝鮮半島の民やモンゴル系の砂漠の民のみならず、
一族は「大陸全面に展開」しており「殷人と縄文人は同族」
「殷の大半は倭の種族だった」と記されている。
(※殷はBC17世紀にあったと言われる最古の王朝)

『契丹古伝』に記述はないが、この殷で琉球産の
宝貝貨幣として使われたという(記事はこちら)。
交易したのは、古くから貝商人の隼人だったと見られる。

シウカラは「倭人の古代王朝」だった。
神祖(日祖)は、スサノオを思わせるスサナミコト。
日祖が地上に降臨させた日孫は、スサナミコという。
「日孫の一族は各地に発展」「先住民と仲良く暮らした」。

各地に「発展」して居住した神子や姫たちのなか
には、日本神話に登場する神も登場する。例えば…。

☆スサナアキヒがカクタラ(鹿児島)に居住させた
アタカシ媛は、木花咲耶姫である。
☆また、ウサハミ媛をムコハキ(山口県萩市)
   居住させた。祖霊の大廟があるその地は一族の聖地。
    シウカラ発祥の地だったとの大胆推理のくだりもある。  

語り部に聞いてみた。
「シウカラの姫が鹿児島や萩に…。どう思いますか?」
「あると思います。アタカシ姫とは日下部族の姫でしょう。
また、萩市の須佐には、スサノオも来たと思います」


さらには、
『契丹古伝』に琉球に関連する箇所もあると、語り部。
キリコエアケなる神子がそれではないかと、私は睨んだ。
↓『第十五章 神子キリコエ阿解と長白山』のくだり。
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この項、浜名氏による訳文はこうだ(以下要約)。

☆キリコエアケに命じて、フカムを治めさせた。
☆神祖ははじめこの長白山に降りた。白山宮である。
☆キリコエアケ(王)は、頭に角が生えていた。

浜名氏は、キリコエアケのキリと中国の吉林省を
同義として、また白山を朝鮮半島の長白山(白頭山)
として解読しているが、思うに少なくとも、
「頭の角」の特徴は、琉球のアマミキヨと同じである。

語り部は言った。
「キリコエアケとは、聞得大君の始祖なのだと思います。
フカムは久高島のノロ・外間(ほかま)に聞こえます。
または、久高島近くのフマカ島(コマカ島とも)かも
しれませんね。沖縄本島の南部は珊瑚の地層で白い山です」

あのとき、私は聞いた。
「ヤマトの女神で言うと、どの神様ですか?」
「菊理姫だと思います。弁財天とも呼ばれますね」

「聞得大君の本地仏は弁財天なり」
琉球語の古語辞典『混効験集』(1711年)には、
そう記されるが、その発祥は古代のシウカラからだった?
浜名氏が述べたように白山宮が長白山だったとしても、
漢民族との戦いに敗れて朝鮮半島へ押し出された人々
の故地は、シウカラだった可能性は大いにある。


「ミントンは、大昔、ウフアガリと呼ばれた」
アマミキヨの墓がある沖縄本島南部のミントングスク
には、そんな言い伝えがある。
東大族=シウカラ、大東=ウフアガリ。妙に似ている。

戦前まで、ミントングスクの
神壇には、「神の花」(香炉)は9個あったという。
また、斎場御嶽の三庫理で発掘された金の勾玉も9個。
菊理姫(くくりひめ)は、北斗九星を括った星神だった。



菊理姫(白山比咩神社のHPから拝借)。
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by utoutou | 2017-02-17 11:05 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)