2017年 03月 23日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 97 スサノオの暗号

志賀島の港から真っ直ぐに伸びた志賀海神社の参道は、
早足で歩けば10分もかからないと思うが、摂社や句碑
など見所が多く、本殿に着くまでに倍の時間がかかった。


楼門では、十六菊の神紋で足が止まってウォッチング。
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大山津見神を祀るあの山之神 社が鎮座しているのは、
参道の最終アプローチ部分。楼門のすぐ前だった。

こちらでも、参拝してからスマホカメラを手に諸々観察。
大山津見神を、前回は「オコゼ好きな女神」と書いたが、
正直な話、あのときリアルに見ていた神像は男神だった。


日本書紀の一書には女神ともあり、一般に山の神は女性
だが、「鹿屋野姫を妃にした男神」「木花咲耶姫の父神」
と思いつつ、ここに山之神を祀られる意味を考えつつ、
傍に立つ神木スダジイ(写真左端)を、しげしげと見た。
(木の名前は分からなかったが、保存樹の説明板で確認…)
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スダジイ(椎)には、注連縄が巻かれていた。
神功皇后が、急逝した仲哀天皇の霊廟とした香椎宮の
 社名の由来となったのが、「香る椎の木」だったという。


椎が絡み付く左の木はイヌマキ(沖縄方言ではチャーギ)。
首里城の建材としても使われたというから耐久性は保証済み
だが、古くから神木ともされ、神壇に供える家も多いとか。
2本の神木が寄り添う姿からは、なぜか南方の匂いがした…。
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スダジイを見ていて、足名椎・手名椎の神を思った。
この2神になぜ「椎」の字が入っているかは
諸説あるようだが、それはさて置き、
出雲神話では、ふたりは大山祇神(大山津見神)の
子どもたちで、兄弟婚をした夫婦神として描かれる。
兄妹婚や、姉妹がひとりの男に嫁ぐ姉妹婚は南方の俗だ。

夫婦には8人の娘がいたが、八岐大蛇に年にひとり
ずつ人身御供に取られ、最後のひとりに残ったのが
末娘の奇稲田姫。姫は助けた素戔嗚尊の妻となった…。


この八岐大蛇の神話にそっくりな
物語を帯びた沖縄の祭りに、マータンコーがある。

津堅島で毎年旧暦11月14日に行われる伝統行事で、
 奇稲田姫や素戔嗚尊の名は出てこないが、口伝では、
古くは久高島でも同時に行われていたといい、日程が
イザイホー前日というのも、何やら深い意味を窺わせる。

祭りのなかでは省略されてしまったが、伝承の物語で、
大蛇退治のために用意された酒甕は7つ。それを7つの首
で飲み、酔っ払ったマータンコーは村人に刀で切られたが、
 尻尾を切るときに刃が欠け、代わりに剣が出てきたという。



私が見学した一昨年は、雨で体育館での催行だったが、
銅鑼を鳴らす人を先頭に、旗を持つ人やマータンコー
と呼ばれる7つの首の大蛇に飲ませる酒甕を担ぐ人が
続いて練り歩き、まさに八岐大蛇の神話を彷彿とさせた。
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祭りの後、「八岐大蛇みたいでした」と言ったら、
島のおばあは「ヤマトよりこっちが先ってよ」と笑った。

7つの首の蛇。尾を合わせると、八岐大蛇。
大山津見神は素戔嗚尊の義理の祖父にあたる神である。

そうすると、大山津見神にオコゼやアラカブを供える
と願いが叶うという山之神 神社の由緒は、素戔嗚尊と
 の関係をカモフラージュするための作為にも思えてくる。

八岐大蛇、八重垣、八尺瓊勾玉、8人の子ども、
八雲立つ、8の字で回る茅の輪くぐり、八坂神社…。
ざっと考えても、素戔嗚尊と「八」の縁は深いが、
志賀島神社の祭りも、「八」の数字を重視するという。

歩射祭の射手は8人、世話役も8人、準備は1月8日から、
的は藁8束、矢の数は6×8で48本、神酒を注ぐ橙は8個。
神に仕える巫女は8人、神幸祭では八乙女の舞を踊る。

そもそも、神功皇后が三韓遠征から凱旋した際、
対馬の海神神社に祀った旗は、8本だった
というから、何やら暗号めいてくる。

海神…ヤマト神話のスサノオは海を統べる神だった。
志賀海神社は菊紋、に真のスサノオを隠している?

by utoutou | 2017-03-23 13:02 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)