2017年 08月 30日 ( 1 )

六甲山と瀬織津姫 128 猿田彦の島

三宝なのか三つ巴かはともかく、琉球の珠は3つある。
それは久高島の三元家(ムトゥ家)各々の守護霊石
であり、祖神の御魂だが、そもそも神は「元ひとつ」。

その神とは龍神=海神=綿津見神。そして、
記紀によって「道案内の神」とされた猿田彦だと、
語り部が継ぐ「琉球神女(かみんちゅ)口伝」は言う。


つまり、龍宮こと久高島は「猿田彦の島」である。
三つ巴の珠のひとつはアカララキにあり、ひとつは
龍宮にあり、最後のひとつは島の北部にあるらしい。
御先(超古代)のとき、北部にはどんな一族がいたのか。
気づきのヒントを求めて、何度か呼ばれたあの海へ…。
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ウパーマ浜は、久高島でもっとも広い砂浜と言われる
が、ガイドブックにはあまり載らない謎多き聖地。
毎月の旧暦1日と15日、この周辺から北の区域は
観光客は立ち入り禁止となる。神事の内容も極秘だ。


島の東海岸には、南から、ピザ浜、タチ浜、イシキ浜、
シマーシ浜、といった数カ所の浜があるが、その最北。
北端のカベール岬、そこへ続く植物群落である
カベール森(むい、↓写真左)への入口といった位置に。
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島全図(Google航空写真)で、ウパーマ浜に、
↓赤で矢印を入れてみた。こうして俯瞰すると、
島の北部が文字通り「鰐」の顔に見えることを発見。
ウパーマ浜は、そのちょうど開いた口の部分にあたる。

民族学では「久高島は日本の原郷」と言われて久しく、
また「元ひとつ」の神の島が「鰐」の形だったとは…。
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ちなみに南端のイラブーガマから続く龍宮(洞窟)は、
↑ 島の中央を貫いて走る舗装道路(通称ナカミチ)の
ほぼ真下を中心軸にして、広がっていたと思われる。

龍宮は、しかし、カベール森までは続かないようだ。
ナカミチの下に点在する洞穴(龍宮)と、
北部の洞穴(龍宮)は交らないと聞いたことがある。

「カベール森から北には、龍宮の一族とは別の一族が
 住んでいたように思えます」と、語り部も言っていた。
     
     
というわけで、ウパーマ浜とカベール周辺を歩いた。
海岸道から東(写真右)へ降りるとウパーマ浜。
西(左)には、アーマー権現という名の御嶽がある。
アーマー=天(あま)? 権現? 
どちらにしても、ヤマトとの関連を思わせる地名だ。
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↓カベール森の中にある御嶽・アーマー権現。
伝承では、久高大神の霊力(しじ)が滞留している。
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ふと、「猿田彦の下駄」を祀る祠を思い出す。
いつから祀られているかは不明だが、建立したのは
根絶した魚根家(インニヤー=和邇族)とされる。
久高島三元家で言えば、魚根家は外間系と考えられる。

いっぽう、龍宮に坐す龍神は、イラブーガマが古来
久高ノロの管掌だったことからも、久高系である。
 繰り返すが、綿津見神の子は猿田彦神と考えている。

さて、久高島の元家のうち、残る一軒は大里家だが、
こちらは大陸の民・東大神族(シウカラ=和邇族)と、
天孫氏王朝の末裔だと、「甦る古代琉球」で推理した。

天孫氏王朝ならば、始祖と崇めるのは「元ひとつ」の
神のはずだが、さて……。「甦る古代王朝」の神は、
天王ガナシーであり、「天地(あめつち)の大神様」。
ヤマト神話で言えばスサノオであり、猿田彦ではない。

いや、ひょっとすると
スサノオこと「天地の大神様」こそが、猿田彦…?










by utoutou | 2017-08-30 16:54 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)