六甲山と瀬織津姫 148 みんな瀬織津姫

摂津・河内・泉州という畿内三国を治めたという古代
豪族・凡河内氏(おうしかわちうじ)の祖を遡れば天御影命に、
さらに始祖は、天照大神と素戔嗚尊の誓約で生まれたという
天津彦根命に至るが、その系譜は記紀に見えている。

天津彦根命について、『古事記』は多くの氏族の祖と記し、
筆頭に凡河内国造(おうしこうちのみやつこ)を、また
数番目に山背国造(やましろのみやつこ)を挙げる。

凡河内氏は4世紀から摂津(兵庫県東南部)を支配した
が、8世紀頃から朝廷に服属して、国造に任命されたようだ。

ちなみに、河内国魂神社(=五毛の天神、神戸市灘区)
は、凡河内氏が河内から遷移させたものと言われ、神社
の森は「御影の森」と呼ばれ、御影町の名も祖神に由来。
また、会下山(兵庫区)にはその氏寺があったという。

さて、
国造というステータスは律令制成立の前後で変化した。
直木孝次郎氏は『古代難波とその周辺』に次のように記す。

〜律令制下の国造はそれ以前の国造と違い、国造に
任命された国の祭祀を掌握する権利しか持たないが、
律令制以前の国造から選ばれるのが普通だった。〜

つまり、凡河内氏は摂津(六甲山周辺)の祭祀を司った。
そうだったのか…と、いまようやく理解できるのが、
六甲山で神々を斎き祀った姫たちのプロフィールである。


廣田神社(西宮市大社町)に、天照大神の神託によって
撞榊木厳御魂天疎向津姫(天照大神荒御魂)を祀ったのは、
山背根子の娘の葉山姫だった。 山背氏は凡河内氏の
同祖同族である。↓境内の斎殿神社は葉山姫を祀る。
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長田神社(神戸市長田区)に、事代主命を祀ったのは、
葉山姫の妹の長姫。こちらも天津彦根命の末裔である。
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では、生田神社(神戸市中央区)に稚日女命を祀った
海上五十茅はどうかと調べると、文字通り海上国造の姫。
海上氏は伊勢津彦の後裔といい、祖神を猿田彦大神とする。
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その伊勢津彦は出雲神で、亦の名は天櫛玉命、出雲建子命。
出雲の祖は、こちらも天照大神と素戔嗚尊の誓約で
生まれたとされる天穂日命だが、実は、凡河内氏には3系譜が
あり、その1系統に当たっているのである。

海上五十茅も凡河内国造の末裔ならば、六甲山で司祭
した姫たちは、みな天津彦根命と天御影命の神裔である。

天御影命の一対神は、日牟礼八幡宮で見たように
息長大姫大目命(=アカル姫、瀬織津姫)と考えられる。


天御影命と天津彦根命の神名が出てきたあのとき、
語り部はいみじくも言ったものだ。
「これから瀬織津姫の名がバンバン出てきますよ」と。
確かに、みんな瀬織津姫の系譜の姫たちである。

もちろん、それぞれの神社の由緒に名を残す神功皇后も、
天津彦根命と息長水依姫を父方の祖とする。
みんな瀬織津姫であり、みんな天津彦根命に繋がるが、
この神こそがアマミキヨだと、語り部は言う。






# by utoutou | 2017-12-09 17:19 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)