カテゴリ:スサノオ( 2 )

夏を待つ、ヒコとヒメの海

天王ガナシーの一対神として祀られる、天妃大阿母加那志(あまみ・うふあむ・がなし)。
私が「ガナシー」と略記する「加那志」とは、神様を意味する尊称。
そうすると、この女神名の意味するところは、天の妃・偉大な・母・神・神女・神様。
天妃大阿母ガナシーとはこの上ない神格の女神、そして神女なのである。

思えば、琉球王朝の神女組織は「大あむしられ制」で、「あも」という公職があった。
この「あも」の祖型は、天妃大阿母ガナシーの「阿母」だと思う。「しられ」は「治られ」=政治。

神女組織は最上級から次のように、公職(女神官)が順に祭祀権を統括するシステムだった。
聞得大君→首里三平等(みひら=三地域)の「大あも」→各地の「あも」→各間切の「のろ」。
「大あも」こそは、琉球王朝における神託政治の要だった。

さて、天王ガナシーと天妃大阿母ガナシーには、さらに分かりやすい呼称もある。
御天父親ガナシーと御天母親ガナシー(うてぃんちちうやがなしー・うてぃんははうやがなしー)。
その神魂を受け継ぐのが、ヤマトでいえば、天御子(あまみこ)と日女御子(ひめみこ)。
いわゆるヒコとヒメである。
その神様ユニットが、単なる夫婦神ではなく、おのおの別神格として一対をなしていることは、
大里家拝所の神壇においても別々に祀られていることで分かる。(※天妃(あまみ)は「天美」と表記)

邪馬台国に代表される、兄妹で治める古代ヤマトの政治形態がヒコヒメ制。
その神籬(ひもろぎ)、そしてその古代母系社会のレガリア(象徴)が、
斎場御嶽の奥宮でイキガ(男)とイナグ(女)の巨岩で成るナーワンダーグスクだったと思う。
(※ナーワンダーとは「なでるわ」=守護霊力)
イナグナーワンダーグスクには、日巫女の鏡が祀られているらしいと書いたが、
日女御子とは日の巫女。御神体である鏡を操り太陽神霊と交わるのはごく自然な信仰のかたち。


ナーワンダーのお膝元・久手堅の浜。梅雨入り前の夏日、現代のヒコとヒメが遊んだ跡があった。
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斎場御嶽の外門ウローカー(現在は閉鎖)の足下にある「まちがち泊」も、夏前はひっそり。
まちがち=待つ港。聞得大君が海から斎場御嶽(右の山)に登る際は、この港に船を着けた。
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さて、久高島には天妃ガナシーに対する「神の島」ならではの特別な呼び方がある。
「あまみや・うやぬる(天妃・親祝女)」。神女たちに霊威を授ける天祖神。
その名は、久高島の秘祭イザイホーが始まる前、ノロによって謡われたティルル(神歌)に残る。

〜きゅうがとぅち のーち(きょうの刻を直して)
 なまがとぅち のーち(いまの刻を直して)
 うりぃてぃうり ぶさてぃ(降りて降り栄えて)
 うりぃてぃうり しなーち(降りて降り乗り移ります)
 てぃりないぬ ぬるがしじ(生まれ変わるノロの霊力)
 てぃりないぬ あまみうしじ(生まれ変わるあまみや・うやぬるの霊力)
 くんちゃさん にがんうしじ(国司ノロ、根神の霊力)〜

この神歌で、イザイホーの幕は切って落とされた。
白い胴衣(るじん)と衣(かかん)姿で、裸足のままの女たちは、
ノロ家の庭で円陣を組み、7回廻った後、祭祀場の御殿庭(うどんみゃー)へと駆け出した。
一列となり「エーファイ、エーファイ」の掛け声を響かせて。宇宙始源の霊力を受け継ぐために。


聞得大君の専用港・まちがち泊の南に隣接するコマカ島への船乗り場。夏はレジャー客で賑わう。
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こちら、まちがち泊の北に隣接する安座真サンサンビーチ。4月に海開きした後も平日はほぼ無人。
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安座真サンサンビーチから、近くて遠い久高島(左)を遠望する。神の海は穏やか至極。
このイノー(珊瑚の内海)を渉り、船に乗った聞得大君は浦廻り(聖地巡礼)をした。
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by utoutou | 2014-06-23 13:28 | スサノオ | Trackback | Comments(1)

天王ガナシーことスサノオと「根の国」

日本神話のスサノオノミコト(素戔嗚尊)とは同名異神にして、古代天孫氏王朝の始祖
と伝わるスサノオ。亦の名は天地大神様(あめつちのおおかみさま)、そして天王ガナシー。

いわゆる縄文の男女神。ヤマト各地の古伝に見える男性神・天照大神と瀬織津姫は、
天王ガナシー・天妃ガナシーの神魂を受け継ぐ神だったと思われる。
(そうなると「ニギハヤヒの東遷」はここ沖縄を発したことになる…)

アマミキヨの渡来地と伝わるヤハラヅカサ(写真の中央左、海から頭を出した石)周辺(南城市)。
古伝では、天王ガナシーが天鶏船(こまかけ)で飛来したというのも、このあたり。
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天王ガナシーと天妃ガナシーが祀られていたと秘かに伝わるのは、↓こちら潮花司(すぱなづかさ)。
ヤハラヅカサ(左下)への降り口にある御嶽で、かつては「御先(うさち)グスク」と呼ばれた。
アマミキヨ仮住まい伝説の浜川御嶽(右の向かい側)とは、本来この潮花司のことだと語り部は言う。
潮花司(浜川御嶽)は聞得大君の巡拝地でもあったが、その由来伝承は失われつつあるようだ。
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さて、話は戻って、記紀に登場するスサノオノミコトは、
スサノオこと天王ガナシーとまったく無関係かというと、そういうわけでもないと思う。
スサノオノミコトのモデルとなったのが、神代琉球の天王ガナシーではなかったかと。

「根の国」はご存知、アマテラス・スサノオ神話に出て来る国である。
治めるように言われた根国=黄泉国(あるいは根国=黄泉国海原)を放ったらかしに
して泣き続けるスサノオに、イザナキが「なんで泣いてばかりいるのだ」と問うと、
スサノオは言う。「妣(はは)の国、根之堅州国(ねのくにかたすくに)へ帰りたい」と。
すると、イザナキは大いに怒ってスサノオを放逐してしまった…。

薮薩の御嶽、ヤハラヅカサのある南城市百名(ひゃくな)は、古来「根の国」と呼ばれた。
この他にも、沖縄では「根」のつく言葉が少なくない。
根屋(にーや)は村落の草分けの家、根人(にっちゅ)根神(にーがん)はいずれも根屋の長男。
珍しいところでは、根引き(にーびち=結婚)というのもある。

↓こちらミントングスクのある仲村渠(なかんだかり)の根所(にーどぅくる)。
語り部によれば、天王ガナシーらが居住した集落跡だろうという。現在は拝所。
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「根」で思い出すのが、ここ何週間か書いてきた知念玉城台地の南端にあたる糸数にある
根石城(にいしぐすく)。石積みの内部にも蒲葵が茂り、川泉跡らしい拝所があった。
糸数気象レーダー観測所の敷地を囲む金網の陰に、いまはひっそりと佇む。
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観測所を挟んで西側に糸数城趾がある。築城年は不明だが、玉城按司が三男の糸数按司
に任せたとの伝説があることから、三山分裂時代初期(14世紀)ではないかと言われる。
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糸数城より古いと思われる根石城を初めて見たとき、腰を抜かさんばかりに驚いた。
神名を読むと、嶋根富国根富御威部(しまね・とみ・くにのね・とみのおいべ)。
島根・富・国根…。古代出雲の富一族に何らかの関係があるのか? 
『琉球国由来記』で調べると、神名に「島根」「富」「国根」を含む御嶽は11ヶ所。
龍蛇神で私は沖縄と出雲の関係を見てきたが、御嶽でも…。つまりスサノオつながりもあったか…。
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by utoutou | 2014-06-11 10:01 | スサノオ | Trackback | Comments(0)