出雲の龍蛇神に会いに行く〈4〉佐太神社

そろそろ出雲の神在祭も終わり。
昨夜は佐太神社で神等去祭(からさでさい)があり、
今夜26日の万九千神社(まんくせんじんじゃ)での神等去祭が済むと、
八百万の神々は、国々へとお還りになるという。

私が佐太神社に参拝したのは、出雲大社の神在祭が始まったところ。
こちらの境内は閑散としていた。

社務所で禰宜さんに聞いた話では、
「20日から25日の神在祭には、例年5万から7万の人が集る」
ということだったが、さて今年は? すると、禰宜さん快心の笑み。
「龍蛇神は、年に1回この5日間にし拝観できませんからね」。

そこで、しばし「龍蛇さん」談義をさせていただいた。どちらから
ともなく話が「古代、龍蛇神は男性器の象徴」と相成り、意見が一致。
ただ最近の龍蛇神は、トグロは巻いても鎌首は立っていないそうだ。
理由は、剥製師が不足してしまったことによる。

社務所に並んだセグロウミヘビに、ちょっと親しみが湧く。
私が買い求めたため、一区画空いた。熨斗付きの箱に入れていただいた。
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談義は続き、沖縄の蒲葵(クバ)が、
木肌や立ち姿の相似から龍蛇に例えられることを伝えると、こう仰る。
「出雲と沖縄は時代の古層では近いと思いますよ。
潮によっては、この出雲の海まで3日で辿り着きます」

美保神社にある糸満サバニの話もされて。セグロとイラブー、
種類は違えど海蛇が結ぶ御縁ゆえか、出雲の人々は沖縄シンパらしい。

そういえば、谷川健一氏は『蛇〜不死と再生の民俗』(2012年)で、
佐太神社の古い木版に印された龍蛇神はセグロウミヘビというより、
沖縄のイラブーウミヘビに酷似していたという目撃談を紹介していた。

現在、出雲地方で龍蛇神が祀られるのは、佐太神社、
出雲大社、日御崎神社だが、かつては、他の多くの神社へも奉納され、
龍蛇信仰はかなり広域に渡っていたという。

さて1泊2日出雲弾丸ひとり旅の最後は、松江市の八重垣神社へ。

アッと息を呑み、足が止まったのは、境内末社・山神神社。
狛犬ならぬ木彫りの男根が屹立。巨大。成人女性の平均身長ぐらいある。
神社に詳しい人には旧知の話らしいが、私は知らなかったわ。
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この山神神社、祭神は大山祇命、石長姫命。
看板には、おおむね次のような説明があった。

古来、金武の旧街道沿いに祀られ「山の神さん」と親しまれていたが、
明治の頃にここ八重垣神社の境内に遷された。
授児・子宝・下半身の病いに霊験あらたかとして、
地元はもちろん遠方より祈願や御礼に参拝され、
手作りの男根などを供える風習が現在も続いている。


写真には収まらなかったが、
社の右手にも石製の男根が立ち、左右対称をなしている。

また軒下には奉納されたらしい木製の男根がタライに山盛り、というか林立。
龍蛇神信仰のバリエーションを見る思い。
子孫繁栄を龍蛇神に託した縄文的信仰は、弥生時代以降、擬きを脱却。
五穀豊穣を約束する「種」へと、そして「生命の源」へと、祈りの対象を変えたか。
境内には、木根の股を祠に、木製や石製の男根を奉納する拝所が何ヶ所も。

八重垣神社の「夫婦椿」ならぬ、美保神社の近くには「夫婦岩」が。
こちらは男根の岩(右)と、女陰の岩(左、裏側が洞穴)の一対。
中央に遠く見えるのは鳥取県の大山。
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出雲大社の神楽殿。左縒り=逆さ飾りの注連縄は、長さ13m、重さ5t。
出雲は神社も何もかもが大きく謎の遺跡も多い。秘せられた歴史もまた?
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# by utoutou | 2013-11-26 15:47 | 出雲 | Trackback | Comments(4)