六甲山と瀬織津姫 135 聖徳太子〈その5〉

四天王寺境内の東端に置かれた謎めいた小祠を
休憩所で頂戴した境内地図プリントで見ているとき、
ロビー中央に祀られている聖徳太子摂政像が光った。


午後1時。光源は太子像の上にあった。光を注がれ、
お香の煙が身体を包むベールのようにたゆたう。
四天王寺は文字通り寺だが、聖徳太子が神に見えた。
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四天王寺は、物部守屋と蘇我馬子の抗争で
蘇我氏についた聖徳太子が、戦勝を機に、
四天王を安置するため建立したというのが由緒だが、
平安時代からは救世観音菩薩を本尊としている。

 救世観音菩薩は聖徳太子の写し身と言われる。実際、
 境内の随所で太子信仰のメッカらしい煌めきを感じた。
  何かを覆い隠すための煌めきに感じられなくもないが。
   

さて、謎めいた祠が何であるかは、すぐに分かった。
それは知る人ぞ知る、守屋祠(もりやのほこら)。

祠に近い境内南東に立つ唐門にその↓案内図はあった。
(※画像はレイアウトして、赤丸を加筆しています)
聖霊殿(太子殿)奥殿の奥=真東の端に守屋祠はある。
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毎月22日には参拝できると、公式サイト内の記事
あったが、残念ながら普段は立ち入り禁止とのこと。
↓左端の八角の屋根が奥殿で、その右に位置している。
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太子殿奥殿の前に、左甚五郎が彫刻を施したという
「太子殿猫の門」があるが、これまた意味シンな印象。
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眠り猫のように眠れと鎮魂しているのか…と思う
いっぽう、眠りから覚めるなよと封印するようにも?
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太子殿の右側の施錠された弊越しに守屋祠を探す。
しだれ柳の奥に、朱塗りの小祠がチラリと見えた。
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 ところで、四天王寺の山号は荒稜山(あらはかさん)。
旧地名は荒墓邑で、近くに茶臼山古墳(被葬者不明)
があるところから、この地も古墳だったと思われる。

語り部に意見を聞くと、こうアドバイスされた。
「元々は、ここに磐座があったように見えますね。
四天王寺の近くには、神社が7つありませんか?」

調べると、寺を北斗七星の形に取り巻く七宮がある。
そこに、四天王寺建立の真相を知る手掛かりがある?

なぜなら、物部氏が奉斎したのは日月星の三位一体。
それは記紀において抹殺された、いわゆる星信仰。
つまり、四天王寺の真の建立者は物部なのか?
あるいは、聖徳太子自身が物部だったのか…?


# by utoutou | 2017-10-03 13:38 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)