六甲山と瀬織津姫 134 聖徳太子〈その4〉

聖徳太子御本地救世観音菩薩。
黄金の坐像は眩しく、吸い込まれるように近づいた。
大阪市営地下鉄の四天王寺前夕陽ヶ丘駅。ホームに
滑り込んだ電車のドアは、なんとその正面でバンと開いた。

駅ホームの電飾広告、四天王寺への道案内板である。
背後から光が当たっている、まさに神々しい演出。
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引いて撮ったのが↓こちら。見切れた左に五重塔。
道に迷ったと思われたらしく、「出口はこっちよ→」
と、通りがかりのおばちゃんがご親切に教えてくれた。
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その御本尊・救世観音が祀られる四天王寺を再訪した。
前回、伽藍回廊の東重門と西重門を繋ぐ「東西軸」に
興味を抱いたが、その間に「転法輪石」があると知り
やって来た。転法輪石とは「釈迦が法を説く処」の意味。

その極めて仏教的な配置と、神道的な東西軸とが、
いわば十字に交わっているところに、新たな興味が湧く。


五重塔(右・南)と金堂(左・北)の間に転法輪石はある。
  階段下の地面に、四角い玉垣に囲まれて置かれている。   
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転法輪石を、五重塔側から見る。
私もそうだったが、それを覗いてみる人はいない。
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今回は転法輪石を上から拝する。南側が日陰になっている。
聖徳太子が埋めた本物が、この下に埋まっているという。
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さて、転法輪石から左(西側)の方向に極楽門がある。
回廊内から見えないが、その先には西門の石鳥居が。
二至の日没時に、沈む夕陽を西方浄土として拝する。
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まさしく東西軸とは、二至に通る「太陽の道」のこと。
四天王寺をはじめとして、聖徳太子関連の神社仏閣は、
その線上に並んでいる。例えば生誕地・橘寺(明日香村)
御陵の叡福寺(大阪)、斑鳩寺(大阪と兵庫の太子町)。

北緯34度の「太陽の道」を書いたとき、語り部は言った。
「その東西軸を西へ西へ伸ばすと、どこに着きますか?」
地図を見ながら、私は言った。
「いやぁ、これと言って目立った場所はないですけど」

話はそれで終わったが、聖徳太子を通してなら分かる。
中国の西安。別名では長安、隋の首都・大興。
「太陽の道」そして四天王寺の東西軸は、聖徳太子が
「日の没する処」と記した天子の居処に続いている。



そこで改めて気になるのが、四天王寺の伽藍配置。
「日の出る処」=東には聖徳太子を祀る太子殿があるが、
その奥つまり境内のもっとも東に名のない建造物がある。
それはいったい、何なのだろうか…?  
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※境内地図は休憩所の配布プリント。赤矢印は加工です。










# by utoutou | 2017-09-30 14:43 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)